同じアパートの6階に住むスティーブは、リタイヤーした60代後半の男性で一人暮らしだった。

 

私がそこへ引っ越してすぐにエレベーターで一緒になり「見ない顔だね。引っ越して来たの」と、いちばん最初に声をかけてくれた人である。その後、何度もランドリー室やエレベーターや近所の文具店で会い、その都度立ち話をした。背が高くて体格は良いがとても物腰の柔らかい紳士だった。

 

そのスティーブが会うごとに少しずつ元気がなくなってきた。あまりお喋りをすることもなくなった。いつもコットンシャツやポロシャツにスラックス姿だったが、きちんとアイロンがかけられ清潔感があったのに、あまり服装に気を配らなくなったように見えた。

 

ある日のランドリー室でのこと。スティーブがドライヤーに入れた洗濯物を取りにきたのだが、ドライヤーの時間がまだ30分ものこっている。「スティーブ、まだ30分もあるみたいだよ」と、たまたまその場にいた管理人のビルが言うと、スティーブは「ああ・・・」と覇気がない様子で部屋へ戻って行った。「最近、なんか調子が悪いらしいんだ」とビルがいう。それから数週間後にスティーブが入院したと聞いた。

 

数ヶ月が過ぎ、1階の掲示板に貼られた用紙を読んで、スティーブが亡くなったことを知った。それは息子さんが書いたものらしく、お葬式の日時と場所が記されており「私は長い間父と会っておらず、晩年の父がどのような生活をしていたのかよくわかりません。もし、父と何らかのおつきあいがあった方がいらしたら、どんなことでも良いので父のことを教えて頂けないでしょうか」と書かれていた。どんな事情があったのかわからないが、息子さんの思いが込められたその文章に胸が締めつけられた。

 

お葬式の日、私は仕事があり参列することが出来なかった。今思えば、参列しなくても「あなたのお父様はとても親切に私に接してくれました」と伝える方法があったのではないかと後悔している。