1989年、女優の李麗仙さん(当時40代)がNYを訪れている番組”新NY者”

舞台で演じることが多く“アングラの女王”と呼ばれていた。暗闇でも圧倒的な存在感をもつ女優さん。元夫は劇団「状況劇場」の座長、その後は劇団「唐組」の主宰者・唐十郎氏。

 

ウォール・ストリートにあるデリカッセン。レジのアジア系女性に「チャイニーズの方ですか」と訊ねると「コリアンです」とのこと。「私もコリアンです、東京生まれのコリアンです」と、その後話がはずみ、その日の夜の夕食に招待される。

 

レジで働いていた李愛子さんは渡米して17年、家族全員で移住した。現在は夫が経営するデリで働く。移住した当初、デパートで買い物をして帰りのバスを待っている時に急に父親が働く姿がみたいと思って彼の職場まで行った。店の支配人だと言っていた父はエプロンをかけて一生懸命果物を運んでいた。それが父の姿だった。涙で何も見えなくなり、25セントの帰りのバス代を節約して家まで歩いたという想い出話を語る。

 

鮮魚店で出会った韓国人のジュディさんは1951年にNYに移住して38年。ダンスをやりたいと夢を持って渡米したが、ダンスを諦めて一生懸命働いた。「寂しくありませんでしたか」の質問に「時間があると寂しさを感じる、忙しくして時間がなければ寂しさを感じることもない」二度結婚して今はひとり、焼肉店のオーナーである。小学校6年生まで日本語を習ったというジュディさんは日本語を話す。

 

李麗仙さんが初めて韓国のソウルを訪れた時、市場で働くおばさんに「あなた日本人でしょう」と言われ「私は韓国人です」と答えると「皮膚にあたる風が違う。韓国人に見えない」と言われたとのこと。「あたる風が違うと何人とかなくなる、その土地の人間になるのだろう」と李さんは言う。

 

私が勤めていた会計事務所のボスは日系三世だった。日本語は話せない。祖父母が日本からアメリカへ移住し、父母はアメリカで生まれ、彼らの3人の息子たちもアメリカで生まれている。この3兄弟に初めて会った時、アメリカ人にしか見えなかった。生まれた時からアメリカの風習で育ったからだと思っていた。”皮膚にあたる風”が違うのだ。

 

そこで生まれなくても、長く暮らせばその土地の人間になる。

NYに30年以上暮らす友人と会う時、いつも違う風を感じるのである。