2010年9月のある日、ミュンヘンからスイスに列車で向かった男性。同日の夜の帰りの列車の中、税関による検査を受け、隠し持っていた現金9000ユーロ(約120万円)を見つけられてしまう。「昔、父親が売った絵のお金をスイスの銀行口座から引き出したもの」と説明したが、絵画の闇取引とみなされて家宅捜査を受けることになる。
男性の名前はコルネリウス グルリット、父はナチスの画商であったヒルデブラント・グルリット。1930年代から1940年代、アドルフ・ヒトラー政権が退廃的であるとみなして、ユダヤ人から奪ったりだまし取ったりした作品や、ドイツの美術館から押収した前衛芸術作品を売りさばいていた人物である。ユダヤ人が亡命資金として二束三文で売ることを余儀なくされた作品も数多いとされている。
父親は1956年に交通事故で死去。すべての絵画はコルネリウス・グルリットに相続された。家宅捜査が入った時は戦後70年近くたっていたが、ドイツの民法では、30年間持ち続けると所有権を主張できるとのこと。彼は正当な所有者であるとみなされた。
2012年、同氏のミュンヘンのアパートからムンク、ピカソ、マティス、シャガール、ルノアールの作品を含む1200点を超える絵画を押収。このなかに、ナチス・ドイツが略奪したと疑われる作品が含まれていた。
押収された絵画のうち、略奪品でないことが明らかなものはグルリット氏に返還された。略奪品である疑いのあるものについては調査し、元の持ち主やその子孫に返還されることが決定している。
グルリット氏は生前、父から相続したコレクションにナチスが略奪した作品が含まれていたとは思いも寄らなかったと述べていた。
ナチスに燃やされた絵画は約8万点。父は破滅から救ったと言っていたが、戦後に何の説明も公表もしなかったことを考えれば、その発言には理解できないところがある。
息子は結婚もせず、近所付き合いもせず、密かに生活していた。国籍はオーストリアだった為にドイツには記録がなかったとのこと。時々、絵を売っての生活。部屋には大量の缶詰、500gの砂糖の袋がいくつもテーブルの上に積み重なり、開封されていないシャツやパジャマがたくさん買い置きしてあったという。30年前に期限切れになった缶詰があり、普通の生活ができていなかった様子が伺える。
家宅捜査の半年後、心臓疾患により自宅アパートで死去、81歳だった。
彼の遺言は「全財産をスイスの美術館に寄贈したい」
莫大な資産を所有しながら、人の目を逃れ、ひとり暮らしてきた彼は歴史の被害者であり、ナチス時代の呪縛だったのではないだろうか、と絵を鑑定した人物は語る。
一般的な楽しみをもたず、多大な数の絵画に囲まれた生活、いったいどういうものだったのだろうか。それを“孤独”というけれど、孤独だけではなかったような気もするし、私には想像し得ない彼の人生はとても興味深いが、もう知る由もない。
ただ、数少ない彼の写真をみて、切なくて物悲しい気持ちになるのである。
(NHK“発見ナチス略奪絵画 執念のスクープの舞台裏”2021.3.22及びCNNニュースから)