その日、上司は夕方からある取引先の社長の結婚式に出席する為におめかしをしていた。紫色のタイトなワンピース。よく似合っていたが、腰の真ん中についている小さなリボンが不釣り合いだった。それがあるせいでチープに見えるのが残念だった。
先輩たちが「あれは可笑しい。やめさせなさい」という。散々言われた挙げ句、私は上司の部屋へ行き、もちろん仕事の件もあったのだけど、ついでにそのリボンを褒めちぎった。
「そのリボン、可愛いですね。本当に可愛い」何度言っただろう。そして、自分の部屋へ戻った。
しばらくすると、上司は私のデスクへやってきて、着ていたワンピースの色と同じ紫色の小さなリボンを「ぽん」と投げつけるように「ふん!」と言い残し置いて行った。
部屋から出ていく上司の後ろ姿、腰の真ん中にあったリボンは消えていた。
かくして、他の皆は「そうよ、やっぱりない方がいいわ」と満足し、私はそのリボンをくるくるまわして遊び、その後に机の引き出しの奥にしまった。
なんて、いつも損な役割なのだろう、今となっては笑える想い出だけど。
そういえば、上司があのワンピースを着たのをそれ以降一度も見たことがない。
あのリボン、本人は気に入っていたのかも知れないなあと思うと、悪いことをしたと少し胸が痛む。
あれ以来、私は自分が過度に褒められると「どこか可笑しいのかな、変なのかな」と思う癖がついた。