母の実家は嫁いだ家からとても近い場所にある。
大きな通りを1本越え市場通りを挟んで徒歩10分のところ。昔はデパートや商店がずらっと建ち並ぶ市の中心地であった。現在はシャッターを降ろしているお店が多く、昔の賑わいはない。
私が高校生くらいまで、母は多い時で週に1回〜2回程実家へ立ち寄っていた。
市場の帰り、銀行の帰り、何かにつけて寄っていたようである。生前の祖父に「用があったらこっち
から行くからもう来るな」と言われたことがあると大笑いしていた。
実家には母の両親と弟夫婦が住んでいた。弟夫婦には3人の男の子。昔から商売をやっている大家族である。頻繁にやってくる母にまだ幼稚園にもならない末っ子が言った。
「おばちゃん、またきたの」子供だから思ったことは素直に口にする。
それを聞いた叔母は末っ子を優しく諭すように言い聞かせた。
「そんな言い方をするものじゃありません。おばちゃん、よくきてくれたねって言うものですよ」
それ以降、末っ子の従兄弟は誰が来ても「よく来てくれたねえ」と挨拶をする。大人になってもそれは変わらない。今でも「よく来てくれたねえ」と笑顔と優しい口調で出迎えてくれる。
叔父夫婦の長男が離婚した時のこと。
理由はいろいろあったと思う。両方に原因はあったと思う。その中のひとつに夫が家事を手伝わないという理由があったらしい。
「私がそういうことを何も教えなかったから」と叔母は少し悔やむように、さみしげに言った。
息子の妻だった人のことを責めるようなことは一言も口にしない。
気難しい舅姑との同居、夫の姉弟たちと一度も諍いを起こさずに皆から愛された叔母は誰よりも強い人だと思っている。
韓国人の友人をみていると韓国には厳しいしきたりがあることがわかる。
その家によって異なると思うが、彼女の家のそれはとても興味深い。
彼女は私よりも7歳年下だが、知り合った当初はとても礼儀正しかった。
親しくなるにつれてそれは緩くなったが、そうでないとこちらが困る。
一緒に買い物へ出掛けると私の荷物を持とうとする。
私は「まだそれほどの年齢ではない」と拒絶する。でも、年上の人にはそうするのが当然らしい。
彼女は私のことを名前で呼ぶが、本国ではそれは許されないという。
「お姉さん」と呼ばなければならないとか。
彼女には3人の兄がいるが彼らのパートナーのことを決して悪く言ってはならない。
影で言うことも許されないという。ひとりの兄が離婚した時、もうこれで正々堂々と言えるとせきを
切ったように皆で元妻の悪口を言い合ったという笑い話がある。
不思議な習慣もあれば、見習いたいと思うことも多々ある。
世の中は広い。