駅から徒歩10分ほどの場所に海の見える大きな観光施設がある。
2階には海に面してガラス張りの席がずらりと並んでいる。ここは私のお気に入りの場所。
海が一面に見える。右側の遠くに白い灯台、左側の遠くには黄色の大きなメモリアルシップ八甲田丸が目に入り、正面に海が広がっている。
たまに海にかかる虹が見えることがある。写真を撮ろうと慌てて外へ出るが間に合わない。
虹は儚い、目の前の厚いガラス窓がもどかしい瞬間である。
昨年の暮、12月初旬に立ち寄った時のこと。
日曜日の午後1時半頃。時間まで記憶しているのは、そこから5分ほどの場所にホテルをとっており、2時までチェックインが出来ないとのことで時間つぶしに寄ったからである。
入口の自動販売機で温かいミルク入りの紅茶を買った。ほっと落ちつきながら海を見ていると隣の席に座っているふたりのご婦人の会話が聞こえてくる。声をひそめているようすもない、普通の会話。
口調がまったりしているのは冬の晴れた休日の午後のせいか。
おふたりとも年齢は70代だと思う。
「家に帰りたくない」と海を眺めながら突然言い出すAさん。
「どうして?」とBさん。
「ああでもない、こうでもない、ってうるさいんだもの」どうやらご主人のことらしい。
「今日も何も言わずに出てきたの。出掛けるっていうとまたいろいろと文句言われるから」
「ああ、家へ帰りたくない」と繰り返すAさん。
「でもさあ、家がいちばん落ちつかない?私は家のソファに横になってTVを見ているのがいちばん
落ちつく」とBさん。
そのBさんは10数年前に不幸な出来事が続いたらしい。それからはずっとひとり暮らし。
「ねえ、泣いてばかりいたら亡くなった人は成仏できないんだって」とAさんに教えるように話す。
「これも人生、私の人生」と淡々と話すBさん。
待つ人がいる家へ帰るのが嫌だというAさん。
待つ人はいないけれど、家がいちばん落ち着くというBさん。
「人生、いろいろ」
昔、そんな歌があったような気がする。