9月29日、NYは100年に一度の大雨となり、洪水、非常宣言事態が発令された。

 

雨は公園の階段から滝のように流れ、地下鉄構内も傘が必要なくらいの雨漏りが発生。

路上の車は浮いているように見える。

 

特にブルックリンの被害は甚大で、地下や1階に住む人達は家の中まで入ってきた水をバケツではける作業に懸命である。

 

その日、マンハッタンに住む友人がアップステートの別宅に長距離バスで移動。

なんと、座った席の天井から雨漏り。席を替えるもまた雨漏り。3時間の道のりをずっと傘をさした

ままだったという。

 

他の乗客も傘をさしていたのかと思いきや、被害にあったのは友人だけ。

「なんと不運なワタシ」と嘆く友人である。あとになれば笑い話だが、その時は地獄だったという。

 

気の毒な出来事ではあるが、怪我もなく家へ辿り着くことが出来たのは「幸運」であると本人も

語っている。

 

 

小学4年生の国語の先生は、保護者の間でも有名なほど怖い男の先生だった。

大きな声を出して般若のような顔で怒るし、何事に対しても厳しく、多くの生徒たちはいつも

緊張していた。

 

その先生が一度だけしょんぼりした時がある。

 

先生の自宅は大きな川の近くにあったのだが、その川が大雨で氾濫し、家が床上浸水の被害にあった。

 

「まいったなあ。他の物は別に・・・あれなんだけどね・・・本がね、昔から買い集めた本が水浸しになってしまったんだよね」と、ゆっくり話す。

 

諦めの境地か、そこに怒りや焦りはまったくみえず、やけに静かで、ただ、ただ、寂しそうだった。

 

本は先生にとってとても大切な物だと知った日。

あんなに怖い先生が、生徒の前で弱々しい姿を見せることが意外だった。

 

自分が大切にしている物を失うということはそういうことなのだろうか。