随分前になるが、丁度お彼岸の時期であった。

 

朝方、暑くて目が覚めた。眠いまま上半身を起こしてふと振り返るように自分の背中の方に目をむけると、綺麗な着物姿の老若男女が一列に並んで歩き、壁の中へ消えて行った。手には小さな“おりん”を

持っている。どんどん、壁の中に消えて行く姿を見て、「ああ、お彼岸か。ここが通り道だったんだ」と思い、また眠りに戻った。

 

不思議とまったく怖くなかった。静かで綺麗な印象だけが残っている。

 

昔、空海という映画を見た。空海を演じた役者さんがまとった衣装が、ゆったりと吹く風にふわ〜り

ふわ〜りと舞っていたシーンがある(と記憶している)。あれに良く似た光景だった。

 

同じ年の暮れ、友達が遠方から泊まりに来てくれた。

夜中にトイレに起きた友人に気がつき目をあけると、彼女の後ろに彼女の元彼がぴったりついて歩いている。(その彼は今も健在である)

 

「ああ、連れてきちゃったのね」と私は目を閉じた。

 

アパートの持ち主にその話をしたら、昔、その一帯は墓地だったという。

本当か嘘か、私の見たものが現実だったのか夢だったのか。不思議なことはままある。

 

 

お墓参りはひとりで行ってはならない、と聞いたことがある。

お墓に霊がいると信じる人が多く、ひとりで行くと悪霊につかれるという理由からだという説がある。

 

本当の理由は、墓地は民家から離れた所にあり、何かあった時に人の助けを呼べないから、というものらしい。

 

生まれ故郷に帰省した時にお墓参りへ行くが、ほとんどひとりで行く。いつも、季節外れということも理由のひとつであるが、高齢の叔父や叔母に声をかけても迷惑だろうと思うからである。

 

確かに、ひとりでは行きたくないのが本心。

原因はカラスである。カラスは墓参者を待っている。墓参者のカバンの中に入っているものを期待して待っているのである。

 

墓地で不思議なことに遭遇するのは怖くないが、カラスは怖い。

 

せっかく供えた花がカラスに持って行かれることもあるらしい。

どうやって彼らと折り合いをつけたら良いのか、頭を悩ませている。

 

街中でも墓地でも、これほど嫌われるカラスを不憫に思わないわけでもないが、やはり怖いのである。

 

同僚のまだ幼い3人の子供たちにカラスの縫いぐるみをプレゼントしたことがある。

丸みをおびた身体、くちばしが黄色で、目がまんまるのとても愛らしいカラスだった。

子供たちはその縫いぐるみに”カー子”と名前をつけて、ボロボロになるまで可愛がってくれた。

縫いぐるみだと愛されるのだ。

 

たった一つの、カラスに関する嬉しい思い出である。