1990年代、飲食店でのこと。

作家の野坂昭如氏が私のお向かい側に座っておられた。

どういう経緯か覚えていないが、野坂氏が“黒の舟唄”を歌い始めた。

 

“男と女の 間には

ふかくて暗い 河がある

誰も渡れぬ 河なれど

エンヤコラ今夜も 舟を出す

R0W & ROW R0W & ROW

ふりかえるな R0W ROW“

 

小さなお店である。歌声を肌で感じることが出来た。

皆が息を呑み込んで野坂氏の歌に聞き入る。

 

その場所に自分がいることが不思議であった。

姿勢を正し、緊張しながら聞いた。

 

神様が“違う世界”を見せてくれた、と思っている。

 

 

ある男性が私に尋ねた「あなたは何をしたいのですか」。

私は答えることが出来なかった。

「あなたが何をやりたいのかはわからないけど、まわりにこれだけの人がいるのに

何も出来ないのであれば、それはあなたに器量がないからです」

 

その時は「はあ」と聞き流したが、後で考えるとかなり辛辣な言葉である。

的確な言葉だから腹が立つ。逆に励みにもなる言葉である。

 

その後、夢を見た。

 

書店で本を探している。棚に並んだ本のタイトルを一つずつ見て探していると、

私の名前が書かれた本に目がとまった。驚いてその白いカバーの本を棚から取り出して

ページをめくると、中は白紙、どのページにも何も書かれていないのである。

 

目が覚めて思った、私の人生は空っぽ。生きていれば空っぽなはずはない!

夢は面白い、意味などないのかも知れないのに意味を探してしまう。

それも、出来るだけ自分に好都合な意味を求める。

 

ずっと昔のことなのに自分の胸の中に残っている言葉がいくつかある。

名前は忘れているが、相手の言葉と顔は覚えている。

 

私の中に残っている言葉。

 

それは親しい人たちからではなく、一度だけ会った人たちからの言葉が多い。