ある寒い日、友人が今まで見たことのないダウンジャケットを着て来た。
「素敵なダウンね」と言うと
「これ? 見たことあるでしょう。もう30年も着ているけど」とのこと。
私の視力が弱いせいか、まだ新しい物のように見える。
彼女はあるブランドのバッグが大好きで、大小、さまざまな型をいくつも持っている。
それをひとつずつ丁寧にお手入れをしている時に喜びを感じるという人間である。
靴もいつもピカピカである。すべて何十年も前に買ったものである。
もう一人の友人も数十年前に買ったセーターをまるで今年買ったばかりのように着て現れた。
頻繁に着ていないという。気に入った物はあまり着ずに、大切にタンスにしまってあるらしい。
物を大事にするということが、なかなか身につかない私である。
気に入ったものは駄目になるまで着続けてしまう。
そもそも手入れが苦手なのである。
今まで一度だけ清水の舞台から飛び降りる思いで購入したものがある。
20代半ばの頃に買ったカシミアのロングコート、私にとってはとても高い買い物であった。
ランチの休憩時間にブティックで試着したら気にいってしまった。
けれども、手軽に買える値段ではなかった。諦めるしかない。
「考えてからまた来ます」と言い残して店を出た。
同僚に「気に入ったコートがあったのだけど、私には値段が高くて買えないから
似合わないって言って!そしたら諦めがつくから」と事前に強くお願いして、
仕事終わりに再度そのブティックへ行った。
ところが、友人が言った言葉は「似合う!あなた、それは絶対に買うべきよ!」
こんな裏切り者、いままでかつてみたことがない。
結局、冬のボーナス払いでそのカシミアのコートを買った。裾が少し長かったが、その生地も料金の
うちかと思うと切れなかった。肩幅だけ直してもらった。
気に入った物はとことん着る。だから傷むもの早い。手入れが苦手なのは致命的である。
数年後には袖口が傷み、保管の仕方が悪かったせいで裾にカビが生えてしまった。
今考えれば、その時にプロの方にお願いすれば良かったのであるが、結局、処分することになって
しまった。情けない・・・
私の持ち物でいちばん長く使っているものは、海外で買ったカトラリーである。4人用、20年以上
前の値段で20ドル前後である。もちろん、金でも銀でもない、安物である。シンプルなデザインが
気に入って買った。レジに並んでいる時、後ろの女性が「あなた、それどこにあったの?
私もそれがほしいわ!」と言ってくれた。それが嬉しかったのを覚えている。
毎日使って、洗って、いつまでも頑張ってくれている。
友人が言うように”お手入れをしている時に喜びを感じる物”は、いまのところ私にはない。
普段は大切にしまっているものを手に取り、お手入れをする。
そこに自然と沸き起こる感情を味わってみたいと思う今日此頃。
クロゼットの中にあるスーツケースを開ければ、大切にしなければならない物が
何か入っていそうである。