その日は予定外に時間が空いたので、お墓の掃除をしようと思い立ちホテルを出た。

父母が他界し、既に実家はない。

 

電車に乗って一駅、そこから徒歩で15分ほどである。

一本道を歩いて行くと、霊園の入り口に入る手前に住宅がある。

そこは昔、小学校の担任の先生が住んでいた場所であり、一度数人で遊びに来たことがある。

そんなことを懐かしく思いながら歩く。この道を歩く度に先生の顔が浮かぶ。

 

お盆でもお彼岸でもない時期の霊園は人がまばらであるが、

霊園中央にあるバス停前のお花屋さんが営業をしていることは有り難い。

 

墓前用のお花と線香、蝋燭、マッチのセットを買う。1回〜2回用のセットになっており、

とても便利である。火をつけやすいように小さく折りたたんだ新聞紙も入っている。

そんな細かいところまで考えられており、初めて購入した時には感動した。

 

春なら桜が綺麗な道を通り、我が家のお墓へ到着する。しばらく誰も来ていないので草がぼうぼうに

生えている。持ってきたゴム手袋で草をむしり、真新しいタオルを濡らして何度も墓石を拭く。

お墓を綺麗にすると心が磨かれたようになるから不思議だ。すっきりした墓前にお花を飾り、

蝋燭に火をつけ線香を立てる。

 

お墓に手を合わせた直後、大きなカラスが我が家の真横の墓石のてっぺんに着地した。

さっき抜いたばかりの雑草が入った白い大きなゴミ袋を凝視している。食べ物が入っていると思って

いるのだろう。間近に見るカラスは怖い!大きくて真っ黒だ!カラスは白いゴミ袋を突っつき始めた。

私は慌てて自分のバッグを持ってその場を離れた。カラスはバッグをくわえて持ち去ることがあると

聞いたことがある。しばらくしてカラスは食べ物がないことを確認したのか諦めて飛び去って行った。

急いで白いゴミ袋と花桶を取りに戻り、その場をあとにした。

 

お墓を掃除して、お参りを済ませた後にカラスがきたことは幸運であった。

さもなければ、掃除もせずに退散しただろう。

 

花屋さんに花桶を返却に行き、霊園からさほど遠くない所にあるという美術館の行き方を

尋ねた。店の奥にいた他の店員さんも出てきれくれて、道を説明して下さった。

私はお礼を言い、来た道とは真逆の道をのんびりと歩き始めた。

 

10分も歩いただろうか。

私の横に一台の車が停まった。先程のお花屋さんで道順を教えてくれた女性だ。

 

「やっぱり!」と言う。

「私、間違った道を歩いていますか?」

「間違っています!」

 

ふたりで大笑いである。

 

「車に乗って!美術館まで送っていくから」

 

私はご親切に甘えることにした。

 

左に曲がる道を1本間違えたらしい。そのまま歩いていたら迷子になって途方に暮れるところ

だった。美術館の前で降ろしてもらい、Uターンした車が見えなくなるまで見送った。

 

ついでがあるからとの事だったが、本当についでだったのか。

わざわざ心配して後を追ってきてくれたのかも知れない。

 

このような優しさはずっと心にのこる。本当に有り難い。

 

また帰省したら、あのお花屋さんを訪ねてみよう。

あの親切な女性にお会いしたい。