同じ時代を生きてきた方々が逝く
2023年の大晦日
来年はいい年に、と祈ったが
新年早々
災害と人災で心を痛めた
そして
昭和に活躍をした方々が
この世から旅立って逝く
毎日のようにお悔やみのニュース
ふと思う
母のいる世界に
その方々が行くのであれば
そこはさぞ
賑やかだろうと
あら?〇〇さん来たわ
あら?あの方も?
なんて言ってたりして
そっちの方が
楽しそうだよー
お正月3が日に思うこと
昨年は母を亡くし
悲しみの底で迎えたお正月
何もせず
大好きなテレビを見て
今までのお正月は
実家に皆で集まってテレビを見ながら
麻雀しながら美味しいものを食べながら
楽しいお正月を過ごしていたんだなと
無くしてわかる幸せな日々を
想い
込み上げてくる感情に
涙が止まらなかった
流石に今年は
そこまでの悲しみはない
ただ
何もする気が起きない
地元に帰ってはきたが
今の生活の基盤がここではない
かと言って
都会が生活の基盤であっても
終の住処ではない
それでも
被災地の方の大変な思いを思えば
きちんとしなければ
って思うけど
どうにもこうにも気力がない
旦那が早期退職をし
次の職に就いたが
サービス業のため
今までの年末年始の長い休みはない
それもお正月を感じられない要因の一つだろう
そして
姑が入退院を繰り返している
だから
皆で集まって…ということもない
楽しいことはずっと続かないのだ
それを思い知らされる
時が経つというのは
人は歳をとり
お迎えが来るのだ
わかってはいたけど
今それを、思い知らされている
父は施設でお正月を迎えた
初めての経験だ
きっと寂しい思いをしているだろう
だからといって
連れてくることは難しい
そして
記憶も過去と現在が混濁しているので
どこまでわかっているのか
わからない
叔母も施設でお正月を迎えた
今でも家に帰ると言っているようだが
施設からの便りの写真の表情は
悪くない
昨日は羽田空港で飛行機事故
考えられない事故だ
また
ようやく家族と集まり
楽しいお正月を迎えた日本に
水を差すようなことが起きた
こういうことに気持ちを流されてしまう
損な性格
でもようやく
四捨五入して還暦の年になって
そんな自分を受け入れられるようになってきた
今は2匹のわんずに支えられ
前に進めている
今年は変わりたいな
お正月早々…
新年明けて早々
能登での地震…
神様はどれだけ日本に試練を与えるの?
ようやく
親戚一同集まって
お正月を迎えて笑顔が溢れていた
そんなご家族もいらっしゃったことでしょう…
父の故郷は新潟
昨年
そこへ行きたいという父を
最後かもしれないからと
連れて行った
とても素敵な父の幼馴染ともお会いした
その方達と会っていた時に
緊急地震速報が流れて大きく揺れた
今回もその時と同じ
震源地のようだ
大きく揺れたに違いない
しばらくは揺れが続くことを
東日本大震災で知っている
心が落ち着く日は
しばらく来ないことも
どうかどうか
皆さんご無事でありますように
お正月気分を全て奪った
この震災から始まった
2024年が
穏やかな年となりますように


