前回は、元KGB少佐のレフチェンコ氏によって明かされた、「不幸にしてターゲットとされ、ソ連KGBの反中国作戦に利用されてしまった当時のサンケイ新聞」を取り上げましたが、今回は「プロ・ソ連」とも言われた朝日新聞に巣食う「“盲目の愛”派の人々」を取り上げたいと存じます。なぜなら本シリーズで見てきたように、日本の旧帝大クラスの優秀大学出身者の少なからずの人々が、マルクス主義・共産主義思想の影響を受けて、実社会に出たわけですが、その典型的な人々がかつての栄光を背負った朝日新聞社内に存在していると思われるからです。尾崎秀實氏もまた朝日新聞の記者出身でした。レフチェンコ氏が、この朝日新聞についてどのように語っているか、「文春砲」で有名な「週刊文春」記者(斎藤禎氏、当時の編集長は後に社長となる白石勝氏)によって1983年5月に行われた独占インタヴューから、少し拾い読みしてみましょう。


   『レフチェンコは証言する**』(1983年文藝春秋刊、「週刊文春」編集部編)からです。尚、できれば読者の皆さんも、絶版の書ではありますがぜひ古本で探して、この本を全部読んでみて戴くことをお薦めします。(*裕鴻註記、尚漢数字はアラビア数字に適宜修正)

・・・<朝日新聞はソ連に愛を感じすぎている>

 (記者):朝日新聞は、ここ数年来(*1983年当時)、いわゆる「ソ連脅威論」に対して、反対の立場をとり続けていますが……。

 レフチェンコ:朝日新聞がどうしてそういう態度をとるのか、私には、説明できません。どうしてそうなるのか、推理するだけの客観的材料は持っていません。朝日新聞の読者として、そういう態度があるというのがわかるのにすぎません。

 (記者):ソ連は日本にとって脅威だと思いますか?

 レフチェンコ:もちろんです。しかし、といって、ソ連が単独で日本を攻撃するといっているのではありません。

 (記者):軍事的にということ?

 レフチェンコ:日本はじめ他の極東地域に紛争があれば、ソ連はただちに介入するという意味です。

 (記者):どんな国がその紛争に巻きこまれるのですか?

 レフチェンコ:日本、韓国などに、介入の可能性があります。いかなる資本主義国もソ連にとって敵なのです。ソ連は、資本主義国であれば、狙うのです。中国もいまでは敵です。日本は中立国ではありませんが、スウェーデンは中立国です(*1983年当時)。中立国スウェーデンにとってもソ連は脅威なわけです。スウェーデン領海に、なぜソ連潜水艦は侵入したのですか。これは、軍事的圧迫です。

〔*裕鴻註記:因みに2024年3月7日、ロシアの脅威から同国はNATOに加盟し、中立政策を転換しました。〕

 (記者):ここに、昨年(*1982年)の12月12日付の朝日新聞の社説があります。「『スパイ』に惑わされるな」というのが、そのタイトルで、あなたの米下院情報特別委員会での証言が発表された直後に出た社説です。あなたは、これを読みましたか。

 レフチェンコ:はい。

 〔この社説は「米議会での一証言が、また衝撃波を日本に送ってきた」との一節ではじまり、レフチェンコ氏の証言内容には疑問点が多い。したがって、単に一亡命者の発言をもとに特定の個人や団体の背後を疑ったりすることは慎むべきだ。「釣り合いの感覚」をもって冷静に証言を分析し、その背景を考える必要がある。すべておおっぴらの日本で単に食事をしただけの相手を取りこんだなどと錯覚したらお粗末ではないか、と読者に警告を与え、「機密保護立法などの動きが活発になるとすれば、その方に警戒心を向けなければならない」とも言っている――(*週刊文春)編集部注:*原註〕

 (記者):読後の感想はどうですか?

 レフチェンコ:どうして、そんなことを書くのか、私にはわかりません。本当に馬鹿げたことを言っていると思いますが、これは私個人の見解です。

 (記者):あなたは“単なる一亡命者”なんですか。

 レフチェンコ:朝日新聞は、ソ連に対して非常に同情的ですね。“愛は人を盲目にする”という言葉をご存じでしょう。私が言いたいのは、人はいったん恋に落ちると、相手の欠点など目につきません。すべてが美しいものに見えてくるものなのです。不幸にも朝日新聞は、ソ連に対して愛を感じすぎているのです。同情のあまり、盲目になっているのです。

 (記者):あなた自身についての報道ぶりはどうですか。

 レフチェンコ:ここで確認しておきますが、私は朝日新聞全体のことを言っているのではないのです。朝日新聞は、実に質の高い立派な新聞です。私が言っているのは、あの新聞社の中の一部の“盲目の愛”派の人々のことなのです。

 (記者):ある一部の人たちと、あなたは言いましたが、具体的には誰を指すのですか。

 レフチェンコ:もちろん“ある人たち”といっても、ソ連のエージェントという意味ではありません。私が言いたいのは、ソ連に対して積極的、好意的な感情を持っている人々が朝日新聞の中にいるということなのです。しかし、だからといって、その人たちがソ連のエージェントだというのではないのです。その点については、私は知りません。

 (記者):それで、あなた自身の記事への感想はどうなりますか?

 レフチェンコ:“レフチェンコ事件”というものは、やがて消えていくものかもしれませんが、一部“盲目の愛”派の人々が“レフチェンコ事件”だけではなくて、他の重要な政治問題、たとえば、ソ連の脅威などに関して、読者をミスリードしていることが不幸なのです。

 (記者):どうして、その人々はソ連との愛に落ちることになるのですか。

 レフチェンコ:知りません。なぜだか、私にはわかりません。

 (記者):朝日新聞の一部の人たちを親ソに駆り立てるものは何なのでしょう?

 レフチェンコ:繰り返しになりますが、ある一部の人たちは、本当にソ連が好きなのでしょう。

 (記者):なぜ、愛しているのです?

 レフチェンコ:私には、理由が、全然わかりません。

 (記者):今まで、なぜだ、というように考えたことはありませんか?

 レフチェンコ:私の個人的見解は……、いやわかりません。

 (記者):お金とか、そういったものが背後にあるのだろうか。

 レフチェンコ:違います。そうとは思いません。

 (記者):じゃ、イデオロギー的理由によるのですか?

 レフチェンコ:多分そうでしょう。

 (記者):どんな人たちが、朝日新聞のソ連観に影響を与えているのでしょう?

 レフチェンコ:朝日新聞内部のことは、私自身よくわからないのです。一読者として、あるいは、日本についてのスペシャリストとして、新聞を読んでいて、そう判断しているだけです。

 (記者):(*1982年)12月12日付の社説では、単に食事をしただけでその相手を取りこんだと言っているのじゃないか、とあなたに疑問を呈していますが……。

 レフチェンコ:それは、故意になされた悪質なウソです。

 (記者):朝日新聞は真相を知っていながら、わざとそういったことを書いたというのですか?

 レフチェンコ:彼らは、自分たちが書いたことが違うということを知っている、と私は思っています。どうして、約六百万もの読者に対して、根拠のない言説を弄することができるのでしょうか。偽善的な悪質なファンタジーです。それは、故意のウソにつながるものです。

 (記者):しかし、朝日の記者というのは、個人個人は優秀です。最良のジャーナリストですよ。

 レフチェンコ:本当に朝日新聞の人々は、明皙な頭脳の持ち主です。彼らが優秀だということに疑う余地はありません。だから、余計に私や私の発言に対して、否定的になるのでしょう。

 (記者):もう一度、聞きますが、どうしてそうなるのですか?

 レフチェンコ:知りません。あなた自身がチャンスがあれば、朝日新聞の編集責任者に、同じ質問をしてみたらどうでしょうか。たぶん、私より正確な回答が来ると思いますよ。私は、だいいち、朝日新聞のスポークスマンではありません。

 (記者):朝日新聞は去年(*1982年)の12月11日には「有名記者ならみなスパイ  『KGB作成』のCIA協力者……」という記事を載せています。あなたの米下院情報特別委員会での証言が公表された直後に、「CIAインサイダー」という文書について書かれたものです。

 レフチェンコ:知ってます。あの文書はKGBの偽作文書(Forgery)です。

 (記者)記事には「KGBが米中央情報機関(CIA)の協力者とみている世界各国の報道機関や記者らの一覧表が明らかにされ、それには日本の有力紙や記者・評論家の名も含まれているが、これらの報道機関や記者たちは、いずれも『事実無根』と否定……」となっています。その上で、CIA協力者と名指されることになった木村明生氏(朝日新聞元モスクワ特派員)や松岡英夫氏(評論家)、立花隆氏(評論家)などの否定コメントを載せています。

 この記事を冷静に読めば、右(*上記)の人々の名をCIA協力者などとあげたKGB製作の「CIAインサイダー」の信憑性を疑い、あわせて、米下院で証言を行なったあなたの証言内容自体をも、同時に疑うというトーンになっています。

 レフチェンコ:その「CIAインサイダー」という文書は杜撰なものなんです。KGBが作ったなかで、水準に達していないものです。「CIAインサイダー」は、どちらかといえば失敗作です。しかし、朝日新聞が言うように、この偽作文書の質が悪いからといって、それを理由に日本におけるKGBの活動がたいしたことがないと考えるのは、馬鹿馬鹿しい間違いです。

 (記者):そこに、何か杜撰な論理でも存在するんですか。

 レフチェンコ:ここで、朝日新聞は悪意のあるウソをついているのです。全体の流れのなかから、ほんの一部をとりだして論じているんです。「CIAインサイダー」は、スパイのプロとして考えて、KGBの完全な失敗作です。本来、KGBというのは、もっと真実味があって、もっと危険な作品を作っているわけです。朝日新聞は、その点、たった一つの例だけをとりあげ、すべてがこうである、との結論を引きだしている。こういったやり方は、正直なジャーナリストの基本線からはずれるのじゃないでしょうか。

   (記者):朝日新聞は、親ソ的ですか。

   レフチェンコ:そう、プロ・ソビエトです。ソビエトは、朝日新聞に対して好感情を抱いています。KGBについて申しあげているのじゃないんですよ。ソ連が朝日新聞によい印象を持っていると申しあげているんですよ。それが、朝日新聞の記者がしばしばモスクワを訪れ、ソビエト首脳と会談する理由の一つになっているのです。

   (記者):プロ・ソビエトなら、なぜ、あなたのいわゆる“レフチェンコ・リスト”に朝日新聞記者の名が出てこないのですか。

   レフチェンコ:親ソ派の人がみんなKGBのエージェントだなんていうことはありません。KGBが朝日新聞に浸透していたかどうかについては、私は知りません。

   (記者):秦正流氏(朝日新聞前専務・現編集顧問:*1983年当時)は、ソ連によく行くようですね。

   レフチェンコ:秦氏には、会ったことがあります。

   (記者):どういう印象でしたか?

   レフチェンコ:彼は、KGBのエージェントではありません。あなたが秦氏の政治的立場に同意しようがしまいが、彼は、朝日新聞社内で強力な影響力を持つ親ソ派の人物です。

・・・(**同上書44~51頁)

   あくまでも穿った見方をすればですが、何もわざわざKGBがお金を払ってリクルートしなくとも、本人がソ連に対して「“盲目の愛”派の人々」であるならば、おのずからソ連にとって有利となる言動を勝手にしてくれるわけです。ある意味では、第(69)回で見たアメリカ共産党員と同様に、自分自身の共産主義者としての信条から、ソ連や中共の役に立つと思われることを積極的に行うこともあるのです。尾崎秀實氏も、同じであり、決して自身の金銭的利益のためにやったのではないのです。

   現代のイスラム原理主義者が、みずから進んで自爆攻撃をする理由もまた、宗教上の自己の信条・信仰に基づいた行為なのです。少し前のオウム真理教の幹部信者たちが行ったテロ行為にも、どこか通じるものがあります。

   確かにミトロヒン文書によれば、朝日新聞にもKGBが「BLYUM」というコード名をつけていた人物が存在します。しかし、レフチェンコ氏のいう通り、朝日新聞記者たるもの、恐らくは卑俗な金銭的利益のためにソ連のエージェントになったのではなく、アメリカ共産党員のように、自己の思想・信条のために、少しでもソ連や中共が有利となるように願いつつ、記事を書いていた、というのが実相ではないかと、わたくしは思います。

   両思いであれ、片思いであれ、相手(ソ連・中共)を慕う気持ちには、変わりはなかったのでしょう。ただ問題は、その心から愛したお相手が、実は人民を大量に処刑し弾圧している稀代の悪女だった、ということなのです。ここに、私は共産主義者の皆さんの悲劇があったのだ、と思う次第です。(次回へつづく)