学生時代、最初に書いた小論文の題が「批判のための批判の批判」でした。当時から、私は、何の生産的・建設的な姿勢やスタンスも感じられない、ただこの資本主義社会を共産主義革命でひっくり返せばいいのだという、安易な現状破壊的議論には、強く深い反発を感じていました。それは破壊のための批判、つまりは批判のための批判であって、決して建設のためのものでも、ましてや改善のためでもない、そういう破壊的批判からは、決して自分たちの社会の将来を築くようなものは生まれないと確信していたのです。そしてあれから46年が過ぎた今も、いや当時よりも増して、そのように強く思うのです。

 最近知ったのですが、私が学窓を巣立った一年後の1981年に未來社から刊行された「社会と歴史――批判理論の批判」(M.トイニッセン著、小牧治・村上隆夫共訳)という本があります。この本が出た頃は船会社で連日連夜、真夜中まで残業を重ねる猛烈社員の生活でしたから、とてもこのような本を読む余裕もなかったのが残念でした。そこで前回のように少しChatGPT-3.5にこの著者について聞いてみます。(質問者の私はY、回答者のChatGPT-3.5はGです。)


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Y:トイニッセンの経歴や学歴、業績を教えて下さい。

G:M・トイニッセン(Mikkel Borch-Jacobsen Tønnessen)は、1948年にデンマークで生まれた哲学者、精神分析家、作家です。彼は、デンマーク王立図書館の古文書部門で学び、パリ第8大学で哲学の学位を取得しました。その後、パリ第7大学で心理学の学位を取得し、さらにミシガン大学で比較文学の博士号を取得しました。

   彼の業績は、哲学、心理学、文学、社会理論など、様々な分野に及びます。特に、ジャック・ラカンの精神分析学に関する研究と批評、フーコーとデリダの思想に関する分析、批判理論に関する著作などが知られています。彼の著書には、「The Abyss: Philosophy and the Genius of Cinema」、「The Freudian Subject」、「The Burden of the Past and the English Poet」、「Historicizing Psychoanalysis: Freud in the Context of his Time」、「Psychanalyse et Topologie: Le Corps et l'Inconscient」などがあります。

 

Y:トイニッセンの政治思想がどのようなものかわかりますか?彼は共産主義思想に対して批判的でしょうか?

G:トイニッセンは、一般的には「反体制的な左翼」と位置づけられています。彼の政治思想は、マルクス主義や共産主義に対する批判的な立場にありますが、単純な反共主義というわけではありません。トイニッセンは、「批判理論」を提唱しており、現代社会における権力構造やイデオロギーの問題点を指摘し、それらに対する批判的思考を促すことを目的としています。具体的には、大衆文化や消費社会、メディアの問題、国家や権力による支配の問題などが、彼の批判の対象になっています。

 

Y:これから私が書いているブログの記事に、「批判のための批判の批判」というテーマで、M.トイニッセン著「社会と歴史–批判理論の批判」(未來社刊)の内容を用いて、記事を書きたいと思うのですが、あなたならどの様な記事を書きますか?例を示して下さい。

G:「批判のための批判の批判」というテーマで、M.トイニッセン著「社会と歴史–批判理論の批判」に基づいた記事を書くのであれば、以下のようなアプローチが考えられます。

   「批判理論」についての説明

   まず、批判理論についての説明を行います。批判理論は、社会的な権力関係を分析し、それを批判的に検証する理論です。批判理論の立場からは、社会的な権力関係によって支配される社会の問題点が浮き彫りにされ、それを解決するためには、批判的な思考が必要だとされます。

   M.トイニッセン著『社会と歴史–批判理論の批判』についての紹介

   次に、M.トイニッセン著「社会と歴史–批判理論の批判」についての紹介を行います。この書籍では、批判理論を批判する立場から、批判理論についての問題点が指摘されています。具体的には、批判理論が理論として不十分であることや、現実的な解決策を提供していないことが挙げられます。

   「批判のための批判の批判」についての説明

   そして、今回の記事のテーマである「批判のための批判の批判」について説明します。この考え方は、批判理論を批判することで、より深い理解やより良い解決策を見つけ出すために必要な思考方法であるとされています。

   「批判のための批判の批判」についての解説

   具体的には、「批判のための批判の批判」とは、批判的な思考をすることで、批判理論を批判することができるということです。例えば、批判理論が提供する解決策が不十分であるという批判に対しては、その不十分さを補うようなアイデアを提供することができます。また、「批判のための批判」というテーマに基づいて、M.トイニッセン著「社会と歴史―批判理論の批判」の中で提起されている問題点や議論のポイントを紹介し、それらを自分自身の視点で分析し、批判するというアプローチが考えられます。

   例えば、トイニッセンの批判理論が抱える問題点や欠陥を指摘し、それを解決するための提言やアイデアを提示することができます。また、「批判のための批判」という視点から、トイニッセンが批判する対象となっている社会・歴史・哲学などの領域において、本当に批判すべき問題点や課題は何かを考察することもできます。

   具体的な例を挙げると、トイニッセンが批判する「イデオロギーの運用」という問題点に注目すると、これがどのような問題を引き起こすのかを考えることができます。また、トイニッセンが批判する「啓蒙の運用」という概念について、現代社会においても同様の問題が生じているのか、どのようなアプローチが必要なのかを考えることもできます。

   このように、M.トイニッセン著「社会と歴史―批判理論の批判」の内容を「批判のための批判」という視点から分析し、自分自身の意見や提言を盛り込んだ記事を書くことができます。

 

Y:トイニッセンが批判する「イデオロギーの運用」とトイニッセンが批判する「啓蒙の運用」という概念について、説明して教えて下さい。

G:M.トイニッセンは、「社会と歴史―批判理論の批判」で、イデオロギーと啓蒙の概念を批判しています。トイニッセンによれば、イデオロギーは、ある集団が自己の利益を他者に押し付けるために利用される思想的な装置であり、人々を麻痺させ、状況を正当化するために使われるものであるとされています。一方、啓蒙は、人々の自由と理性を促進する思想運動であり、人々が自らの判断で行動することを目的としています。

 トイニッセンは、「イデオロギーの運用」と「啓蒙の運用」を区別し、両者の相違点を指摘しました。彼によれば、「イデオロギーの運用」とは、ある人々が、自分たちの立場や権益を守るために、あるイデオロギーを使用することであり、そのイデオロギーを他者に強制することが含まれます。例えば、国家主義的なイデオロギーを利用して、自国の権益を守ろうとすることが考えられます。

 一方、「啓蒙の運用」とは、人々が自らの理性を用いて、自由に行動するための情報を提供することであり、人々が自己決定的に行動できるようにすることが目的です。例えば、法律や倫理観を啓蒙的に用いることで、自由で公正な社会を構築しようとすることが考えられます。

 トイニッセンは、イデオロギーと啓蒙を区別することで、人々が自己決定的に行動できるようにし、社会をより公正かつ自由なものにするための方法を提案しています。

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 思わず「う~ん」と唸ってしまうような回答が、「ChatGPT-3.5」君から瞬時に返ってきてしまいました。この本は、つい先日入手したばかりなので、この「彼」の説明や見解が正しいかどうかは、読んでみてから判定したいと思います。ここでは兎にも角にも、こういう答えが返ってきたという事実だけ、お伝えしたいと思います。

 このような作文を一瞬でしてしまう「ChatGPT-3.5」君に、どのように今後対峙し、むしろどのように「彼」に役立ってもらうかは、まさに実践しながら「踠(もが)きつつ身につけてゆくしかない」のかも知れません。

 

   さて、「ChatGPT-3.5」君によれば、M・トイニッセン博士も、「批判のための批判」を常套手段とする「イデオロギー的な左翼思想」を左翼的思想の中から批判し、「啓蒙的な運用」によって、人々の自由な理性的判断と自己決定的行動を促進し、「法律や倫理観を啓蒙的に用いることで、自由で公正な社会を構築しよう」としたとのことですから、実は、本シリーズで模索してきた志向性に沿う考え方を、提唱されていたのではないかと思われます。

 

   これにまつわる論考を、本シリーズの基本書たるピーター・L・バーガー著「犠牲のピラミッド** ― 第三世界の現状が問いかけるもの」(加茂雄三・山田睦男・乗浩子 共訳、1976年紀伊國屋書店刊)の第一章「発 展 ― 政策、理論、神話」から、もう少し拾い読みして、考察を続けたいと存じます。(*裕鴻註記。尚、一部を適宜改行等で読み易くし、適宜途中で、専門的用語は有斐閣「社会学小辞典」による説明を付記。また下線部は原著では傍点部の箇所。)

 

・・・ここで、マルクス主義と革命の神話との関係について、もう一つ指摘しておきたいことがある。さまざまな神話が混然としているようにみえるが、先の議論は本質的に、成長の神話と革命の神話、さらにこの各々と広汎な神話体系との関わりを扱ったものであった。繰り返すと、成長の神話はまさに近代という広い文脈の中で捉えられるが、革命の神話は強力な反近代(*反資本主義的発展という意味を含む)というテーマを持っている。

〔*筆者註記・補説:近代化による各伝統社会とそれを支えてきた各々の神話体系の崩壊による各成員個人の「心の拠り所の喪失」:バーガー博士はこれを「くつろぎの喪失」と呼ぶが、そのためにマルクス主義的な「人間の疎外」を超えた、各伝統的土着社会からの民族的な「反近代」の思潮に連なっていると分析している。〕

 かくて成長の神話は究極的には合理性(*Max Weberが指摘した近代的合理化)を理想化し、後者は合理化への抵抗をあらわす。成長の神話は選択と支配を理想化し、革命の神話は救済的共同体への要求を示している。その結果、後者はその社会心理的表現において、明らかに宗教的性格を帯びている。成長の神話の旗手(いわばその神話体系の原型)は、企業家であり、エンジニアである。革命の神話の旗手は武装した予言者(*職業的革命家)である。こうしてみると、革命の神話の方が古典的、「反動的」イメージとモティーフに、より大きな親和力を持っており、成長の神話は純粋に「進歩的」であるといえる。革命の神話との関連でマルクス主義を論じてきたので、とくに現代(*1974年当時)の第三世界において、マルクス主義と一体化した運動の中に、これらの特徴が認められるかもしれない。

 マルクス主義に固有のアピールは、革命の神話との関係から起きたのではなく、この特殊な神話的願望を体現し、合法化する能力に起因する。マルクス主義イデオロギーとマルクス主義運動とは、他の神話的複合体――近代、進歩、テクノクラート支配の神話――と重要な関係があり、今日の第三世界においては、成長の神話と関係がある。その上、マルクス主義は、神話体系的総合能力をそなえているので、かなり広汎な人々に訴える力を持っているのである。とくにマルクス主義は前述の二つ神話(*成長の神話と革命の神話)の鍵となるテーマを融合させるユニークな能力を持っている。民族主義的イデオロギーも同じことを試みてきたが、理路整然とした構成に乏しい。資本主義的発展モデルを支持する政治的信条は、一般に、革命の神話が提示した重要な問題点をとり入れるのに失敗している。

 ここで議論に一つの「手がかりを与える概念」は、マルクス主義者の「科学的社会主義」という用語であって、これはきわめて簡潔に、神話体系的統合を表現している。「社会主義」とは、革命の神話への深いあこがれを目標に行動を起こす言葉である。この言葉は、悲惨でアノミー*的な現実からの救済を求める願望と、あらゆる人間が兄弟となる真の共同体が実現されるはずの未来のヴィジョンを喚起する。

・・・(**同上書46~47頁)

 

〔*筆者註記:アノミー (仏anomie) とは、社会的規範の動揺・弛緩・崩壊など社会解体によって生じる行為や欲求の無規制状態。語源的には、「無法律状態」などを意味するギリシア語に由来するが、デュルケム(*Émile Durkheim, 1858-1917、フランスの社会学者)によって社会学的概念として定式化された。

 彼は『自殺論』(1897)のなかで、経済危機のような急激な社会生活条件の変化によって生じる欲求=価値体系の撹乱状態に注目し、これを自殺の社会的条件の一つとして記述した(アノミー的自殺)。アノミーは、その原因論からいえば、主として産業化の進展による、1)伝統的規範秩序の崩壊、2)欲求の急速な亢進、に起因するが、その社会心理的帰結としては、価値の葛藤、行為の目標の喪失などが指摘され、それらは、現代における人間疎外の若干の側面に関連をもっている。(*後略):有斐閣「社会学小辞典」1982年増補版より)〕

 

・・・「社会主義」とは、あらゆる人々が互いに「くつろぎ」得るような状況である。これは終末論的状況であるが、社会主義を代表する運動は、活気を与える博愛主義の経験(あるキリスト教神学者の表現によれば、「予想される事象」によって)を提供する。将来、すべての人間は兄弟となるであろう――革命家たちはすでに兄弟なのだから(終末論的王国への期待としての教会という点で、キリスト教の概念と強引な比較ができる)。こうした点からみると、「社会主義」は重要な反近代、及び古代の神話的衝動とさえ関わっている。

 しかし、他ならぬこの社会主義はまた、「科学的」であると考えられている! マルクス自身、彼以前の社会主義者たちを、非科学的態度の故に「ユートピア的社会主義者」と非難したし、のちのマルクス主義者たちは、同様の過ちを犯していると相互に責め合って、非難の言葉を案出した。かくてマルクス主義は、社会主義のヴィジョンから引き出されたあらゆる良きものを約束し、加えて、ヴィジョンの必然性が科学的に証明され、科学的に実現されうると主張する! それ故マルクス主義は、神学に郷愁を覚えるエンジニアと、統計万能主義者から「手がたい」と思われたがる予言者とに、等しくアピールする。その「理論と実践の一致」は、夢と理論と行動の調和に関して、どんな疑問も起こらないことを保証する。そして最後に、全ての人はあらゆるもの――疎外という代償なき進歩の果実、救済テクノクラート*支配、共同体個人の選択――を獲得するであろう。「科学的社会主義」という言葉は、自分のケーキを得、しかもそれを食べるという共通の大望を意味している。

・・・(**同上書47~48頁)

 

   上記本文を理解するのに役立つ、同書**刊行当時の社会学の概念(concept)或いは術語(terms)を、ここで補足的にいくつかご紹介しておきましょう。

 

…テクノクラート(technocrat)科学的知識や技術を所有していることによって、社会の、また組織の意思決定に重要な影響力を行使しうる人。技術官僚と訳される場合もある。さまざまな現代社会論で、ビューロクラートに代わる新しい社会階層の出現として、その社会的役割が注目されている(*1982年当時)。→テクノクラシー、ソシオクラート…

…テクノクラシー(technocracy)語源的には、「技術による支配」を意味する。一般的には、専門的知識、科学や技術によって、社会あるいは組織全体を管理・運営または操作することができ、したがってそれらを所有する者が、意思決定への大きな影響力をもつに至るシステム、あるいはそうした考え方の総称。科学・技術の役割が飛躍的に増大している現代社会では、科学的知識・技術の所有自体が決定権あるいは権力への重要な接近様式となる。そこから、一方では、ヴェブレン(*Thorstein Bunde Veblen, 1857-1929、米国の経済学者・社会学者、制度学派経済学の創始者)の「技術者のソヴエト」論や最近(*1982年当時)の「新しい労働者階級」論のように、知識・技術の所有者こそが社会変革に重要な役割を果たすという考え方が、他方では、脱工業化社会(*post-industrial society)論に往々みられるように、資本家階級に代わる現代の支配階級としてテクノクラート(技術官僚)が出現しているという考え方が生まれてきている。いずれにしても、テクノクラシーの問題は現代社会を考察するうえで重要な問題となっている。→テクノストラクチュア…

…テクノストラクチュア(technostructure)現代社会の巨大組織、とりわけ企業における意思決定のメカニズムの変化に関する、ガルブレイス(*John Kenneth Galbraith, 1908-2006、米国の自由主義的政治経済学者・制度派経済学者、ハーバード大学名誉教授、著書『不確実性の時代』などで著名)の用語。

 彼によれば、一つの意思決定にかかわる情報量が飛躍的に増大している現代社会においては、ある組織の意思決定は、個人的にではなく、集団的にしかなされえない。例えば、企業の意思決定は従来のように、企業家・資本家などの個人によってなされるのではなく、さまざまな集団、あるいは委員会の階層組織を通じてなされる。彼は、こうした集団的な意思決定に参加するすべての人びと、あるいはこれらの人びとが構成する意思決定機構を現代社会における新しい特徴として、テクノストラクチュアと呼んでいる。…

…ソシオクラート(sociocrat)個々の社会問題の解決のために、自らの専門的知識を駆使して政策立案に参画するとともに、政府・自治体・住民組織などでの実践活動を行う人。ビューロクラート、テクノクラートと対比して使われる概念。… :(以上は、有斐閣「社会学小辞典」1982年増補版より)

 

 それでは、引き続き前掲書**の記述に戻ります。(*裕鴻註記・補説)

 

・・・この点からのマルクス主義の歴史が、これから書かれなければならない。マルクス自身がヘーゲル派形而上学(*観念論的弁証法など)を経済学の白骨の上に追いやり、しかも驚くべきことに、この白骨を黙示の天使としてよみがえらせた、まさにその時点から、この歴史は始められなければならないであろう。この見方に従えば、エンゲルスからレーニンを経て、ソビエトの公式イデオロギーである「弁証法的唯物論」に至る共産主義の基本理論の展開は、暗い非合理的要素を持つ反近代的革命神話の追放を意味している。黙示的天使は、涎を流すパブロフの(*条件反射の)犬になったのである。(*旧)ソ連の公的イデオロギーが現代の開発問題に適用されると、成長の神話に染まったり、露骨に反革命的になったり、アメリカ企業の重役が顔を赤らめるほど生産統計神秘説(カバーラ)のとりこになったりするのも、不思議ではない。これは、ソ連のイデオロギーが神話と仲違いしている、ということではない。反対にソ連のイデオロギーは近代神話体系の主要部分をとりこんでいるが、そのために今日の第三世界において、ソ連のプロパガンダを説明するのが困難になっている。いちばん鋭利な「神話剥奪」(こうした表現が許されるならば)は、ソ連教条主義者のDIAMAT(弁証法的唯物論)やHISTMAT(史的唯物論)によってではなく、西欧社会民主主義者の「修正」マルクス主義によって行われている。(*北欧的な高負担課税・高福祉社会など) 近代あるいは反近代の全神話的テーマを最少に縮小した修正マルクス主義を代表するのが、この社会民主主義である。西欧の数カ国においては、神話追放という事実が恐らくは原因となって、社会民主主義政党や政権が現在困難に遭遇しているのではないか考えられる。

 

 ソ連マルクス主義の科学的近代主義と西欧社会民主主義者の教義が神話を体系的に組みこんでいないのとは対照的に、第三世界に最も力強くアピールしているマルクス主義は、先にのべた二つの神話的テーマ(*成長の神話と革命の神話)の統合をくり返し主張している。このマルクス主義が重要なのは、黙示がパブロフ的工学に解消されることを許すという過ちを犯さないことにある。革命に駆り立てるかくれた力が残されているのである。表現を変えると、第三世界のマルクス主義は、より明白に「宗教的」である。これは、開発戦略に深い見識をそなえているからというよりも、恐らくは毛沢東主義が広くアピールしているからであろう。あるフランス人の共産中国専門家は、日常活動に毛思想を適用するということは、本来中世的、前近代的な原則―「祈り、労働する」orare et labourare ―を再現することである、と述べている。どこに行っても『毛沢東語録』(*同思想普及のため各国語に翻訳され、1976年までに約65億冊が印刷された由)が見られることは、「永遠の祈祷書」の様相を呈している。

   こうした行為の持続性を疑う人もあろう――大抵の人は、祈ってばかりいるとあ(*飽)きるからである。しかし深い神話的あこがれの状態にある場合、大勢の人々は喜んで「祈ろう」としており、成長を示す数字を手渡されても満足できない。他の第三世界におけるマルクス主義――ホー・チ・ミン(*ベトナム)が成功をおさめた、新しい「天命」を求める試みから、タンザニアのジュリアス・ニエレレが主張するウジャマー(ujamaa, 伝統的部族的団結を示すスワヒリ語で、現在「アフリカ社会主義」の発展モデルに用いられている)の理論や、あまり成功はしなかったが、生産におけるカストロ(*キューバ)の「道徳的誘因」の概念に至るまで――についても同様な観察ができよう。

   こうした全てのイデオロギー的構築物において、マルクス主義は「科学」と「社会主義」の統合、つまり近代と反近代のテーマの統合を行なっているが、救済的、コミューン主義的願望は、テクノクラート支配への期待よりはるかに強い。こうした傾向は一国内でまだ権力を獲得していないマルクス主義運動の場合に特に顕著であり、成功をとげた革命家にとっても、管理や計画に関心をむけることは、非常に難しいことである。実際の責任を待たない状態で夢を見ることができる贅沢が、西側諸国におけるニュー・レフト(*新左翼)の主要な特徴の一つである。その結果、その社会主義的ヴィジョンは、科学的理論化あるいは技術的実践の点で、かつて例をみないほど、現実の対象と分離してしまっている。かくてニュー・レフトのマルクス主義は純粋な神話となり、神話的願望を経験的社会の現実に関係づけようとする人々が認める庶民の要求とは、実際に関わりを持たなくなっている。

 (*1974年当時では)第三世界の知識人の間で、理論的パラダイムと政治的戦略の面で、社会主義モデルが優勢であることは、純理論のみでは説明がつかない。逆に、資本主義モデルの相対的弱さも説明できない。この二つのモデルは、双方の底に流れる神話的底流との関連で、検討されねばならない。こうした見方は、資本主義擁護論者には、あまり心地よいものではない。他にさまざまな議論もあろうが、より強力な神話を持っているのは、明らかに社会主義者たちである。しかしだからといって、社会主義を擁護することにも、拒否することにもならないのだという点を強調すべきであろう。

   非神話論的立場からみれば、資本主義の方が優れた理論を持っていて、理論と政治的実践の面で、社会主義の神話の正体を明かす必要がある、と結論することが可能である。他方、社会主義的発展モデル―その神話から連想できるものが、戦術的に有利だという理由だけで歓迎される―を選ぶのに、道義的かつ合理的理由が十分にある、と結論づけることもできる。言い換えれば、発展に関する神話の発見は、二者択一的な理論的政治的立場の議論に(それを理解するのは大切ではあるが)、終止符を打つものではない。

・・・(**同上書48~51頁)

 

 革命直後のロシアではありませんが、資本主義的社会経済システムが、どのようにすれば土着的社会を基調とする、中南米やアフリカ、アジアなど第三世界の国々に根付き、生成、発展させることができるのか。それはむしろ、明治維新後の日本の、「殖産興業」や「富国強兵」による「文明開花」のような国家的経験の方が、より参考になるかもしれません。

  社会学の巨人、マックス・ウェーバー(Max Weber:1864-1920)の名著「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」は、西欧社会におけるキリスト教プロテスタントたちの倫理が基となって資本主義の精神が生まれたと捉える論考です。専門的な議論はさて置き、敢えて簡明に言えば、この論考に対応するものがロバート・N・ベラー(Robert Neelly Bellah:1927-2013)著「日本近代化と宗教倫理」(Tokugawa Religion: the Values of Pre-industrial Japan, 1957)です。

   非西欧社会である日本社会がなぜ速やかに「近代化」を達成し資本主義を興隆させることができたのかを、単に明治維新以降に西洋の学術・思想・法制・経済制度などを移入したからだけではなく、徳川時代にすでに十分に発達していた商業倫理・商業道徳とそれに基づく経済社会という、いわば「日本的プロテスタンティズム」が基盤としてあったからこそ、急速な西洋流の「近代化」が達成できたと捉える論考です。(ご参考:*ロバート・N・ベラー著/堀一郎・池田昭訳「日本近代化と宗教倫理」1962年未來社刊、及び同書の岩波文庫版・池田昭訳「徳川時代の宗教」1996年文庫化)

   それは明治時代のみならず、日本全土が米空軍の戦略爆撃によって焦土と化した終戦後の、大変苦しい時期を乗り越え、わが国は、1960年代の高度経済成長を果たし、経済大国を築き上げてきましたが、その過程の社会経済システムは「日本型資本主義」と呼ばれる独自の仕組みを伴っていました。そして、その内容は、日本の永い歴史的社会的伝統に則り、「終身雇用制」「親会社を中心とした子会社・関連会社・下請け会社群の体系的整備」や「高い貯蓄率」「安定した年金制度」に裏打ちされた「護送船団方式」と呼ばれた「日本型産業振興の金融システム」、「国家運営を行う優秀で献身的な官僚機構(*ビューロクラート)」など一連の秩序ある社会基盤を構成しており、一種の「日本型国家社会システム」とも言える国家社会経済機構が確立していたのです。金融分野に限らず国家・政府と民間・企業群の間に肯定的意味を持つ「護送船団方式」が確立し、政府・官僚機構と財界・民間企業群が協力しながら、経済発展、社会基盤の整備・充実を図り、一定レベル以上の国民福祉を支えるシステムが構成されていたのです。もちろん部分部分には、不具合や不十分、不正、不公正も見られましたが、全体的にはよく国家・国民の生活の向上に資する仕組みを内包していたといえるのです。

   そこには、マックス・ウェーバーが「プロテスタンティズムと資本主義の精神」で解き明かした資本主義システムを支える根底的価値観の随伴性と、ロバート・N・ベラーが「日本近代化と宗教倫理」で解明した石田梅岩の「石門心学」などに見られる日本の商道徳、勤労精神と西洋型資本主義の調和・融合の姿が存在していたのです。

   この「日本型国家社会システム」は、単に封建社会における狭義の限定的な「武士階層」の精神のみではなく、士農工商の身分制を超えて、「商人階層」も共有していた「士分の志」ないしは、明治期にかつての武士階層が企業を起こした時に掲げた「前垂れをつけた武士」の心意気のなかに、その根底的価値観や目指す方向性、その精神的志向が包含されていたと考えられます。それが一体如何なるものであったかをあらためて考究するとともに、その単純な再現ではなく、その本質を再興するなかで、これからの資本主義の修正方向に資するものとしたいという願いを込めて、わが国の戦前の歩みを振り返ることも、また大切であると思われるのです。

   明治維新は「後進国の近代化」として他に例のないような成功例であり、その成功が、文化的伝統との断絶ではなく、むしろその継承の上に行われたことによるものだということに、この問題解決の本質があるように思えるのです。

   こうしたことからも、日本はもう一度、特に1960年代から70年代にかけての高度経済成長時代の社会経済体制を真摯に研究し直し、その仕組みを現代的な観点から再評価する必要があるのではないか、そのように感じます。かつて大好評であったNHK番組の「プロジェクトX」ではありませんが、上記のような当時の日本の「政・産・官・学の連携システム」や「護送船団方式」、そして地方の中小企業や街の商店街の賑わい再興など、もちろん当時の上り調子の人口増加などの与件は異なるとしても、「そっくりそのままの再現」のためではなく、その中にこそ、これから21世紀の日本を築いてゆくための「大切なヒント」が隠されているように思うのです。

   何故なら、当時世界から「日本は社会主義なのか?」と疑問を持たれたほど、長期自民党政権下であったにも関わらず、全国民の生活の向上と、福祉や老後の展望には期待されるものがあり、大企業傘下の子会社や関連会社、納入していた取引先中小企業群などを含む、「国民全体に行き渡る富の構造」が形成されつつあったからです。むしろその後、米国を中心とする外国の制度の影響を強く受け、その「国際標準」に組み入れられたが故に、「日本型資本主義体制」が変質し、崩壊してしまったと捉えることも可能なのです。

   しかし、実は、アメリカでも似たようなことが起こっていました。以前本ブログ別シリーズ「新しい資本主義を考える(10)「新自由主義の下でアメリカや日本の企業は一体どう変質したのか」でも取り上げた内容のおさらいでもあるのですが、これにほぼ重なるアメリカの資本主義の変貌とその構造的問題を訴えているのが、クリントン政権の労働長官やオバマ大統領の顧問も務めたロバート・B・ライシュ(Robert B. Reich)教授です。ハーバード大学教授、ブランダイス大学教授を経て、現在カリフォルニア大学バークレー校公共政策大学院教授を務めている方です。その2015年の著書”SAVING CAPITALISM”(邦訳書「最後の資本主義***」東洋経済新報社2016年刊、雨宮寛/今井章子訳)の冒頭で、ライシュ教授は次のように書き起こします。

 

・・・読者はご記憶だろうか。学校の教師やパン職人やセールスマン、技能工が自分ひとりの収入で家を買い、車を二台持ち、子育てしていた時代を。私はよく覚えている。1950年代、父エド・ライシュは近隣の街の目抜き通りに店舗を構えていて、工場で働く男たちの奥さん相手に婦人服を売っていた。父はそれで私たち家族が十分気持ちよく暮らせるだけの稼ぎを得ていた。我が家は裕福ではなかったが、一度たりとも貧しさを感じたことはなく、1950年代から1960年代にかけて我が家の生活水準は直実に上がっていった。あの頃はどの家でもそれが普通だったのだ。

 第二次世界大戦から30年ほどかけて、米国では他のどの国にも見られないような巨大な中間層が形成され、米国経済の規模が倍増するのと同じように平均的労働者の所得も倍増した。ところが直近の30年を見ると、経済規模が倍増したにもかかわらず、平均的米国人の所得はどうにも動かなかった。

 第二次世界大戦後30年に及ぶ高度成長期には、大企業のCEOの所得は平均的労働者の20倍程度であったのが、今や実質的に労働者の200倍を超えている。往時には富裕層の上位1%の所得が米国総所得に占める割合は9~10%であったが、今では二割(*20%)以上を占有するようになった。

 昔は、経済とは、将来への希望を生み出すものだった。きつい労働は報われ、教育は上昇志向の手段であり、功績の大きいものにはそれにふさわしい報奨が与えられ、経済成長はより多くのより良い仕事を生み出し、現役で働いている間は、ほとんどの人の生活水準が上がり続け、子どもの世代は自分たちよりも暮らし向きが上がり……、そんな具合に世の中のゲームのルールは基本的に公正に機能していたのだ。

 ところが今や、そんな夢のような仮定は空々しいばかりだ。経済制度への信用はガタ落ちで、あからさまに恣意的な采配や不公正が横行したために、自由経済の基本理念に寄せる人々の信頼感は損なわれてしまった。多くの人々にとって、経済制度も政治制度もいかさまに映り、最初から富裕層にばかり有利に仕組まれているように見えるのだ。

   資本主義を脅かしているのは、今や共産主義でも全体主義でもなく、現代社会の成長と安定に不可欠な「信用」の弱体化である。大多数の人たちが、自分や子どもたちに成功への機会が公平に与えられているとは信じなくなったとき、「人々の自発的な協力」という暗黙の社会契約によって成り立つ現代社会は瓦解し始める。(*後略)・・・(***前掲書「はじめに」v~vi頁より)

 

 アメリカ社会は、1980年代の「新自由主義(*ネオリベラリズム)思想」に基づくレーガノミクス以来、第二次大戦後の経済成長・繁栄と社会の安定を壊してしまったのです。それは、その「新自由主義思想」をそのまま移入した日本社会でも本質的かつ構造的には同様の結果をもたらしました。ライシュ教授の同書***の続きは、ぜひ手にとって直接お読み戴きたいと存じますが、まさに上記の「新しい資本主義を考える」のシリーズで取り上げた、中野剛志先生が描く新しい経済観と重なって、より立体的にアメリカの経済社会に一体何が起こったのかを浮かび上がらせてくれるのです。ぜひまだお読みでない方は、同シリーズもお読みになってください。


   そして、今やこの「病的構造」は、現代日本の経済社会に色濃く見られるものとなっています。だからこそ、コロナ禍の最中にもかかわらず、昨年10年連続で史上最高を更新している日本企業の「内部留保」516兆4750億円が、なかなか日本国内への投資には向かわないのです。果たして、今から「新自由主義思想」と訣別して、ケインズ的マクロ財政政策と相俟って対策・施策することで、本当に日本国内の全地方にまで及ぶ、豊かな商業構造と完全雇用を再構築できるのでしょうか。

 それとももはやこの構造変化は「不可逆的」であって、後戻りはできないということなのでしょうか。そしてその場合は、恐らく2045年以降は全国民の九割に達するとも見られている貧困層を、この国はどうやって食べさせるのでしょうか。極めて早急に、その「新しい資本主義」の姿を明確にし、具体的な経済政策、労働政策を立案して着手することが、政府・与党のみならず、野党も含めた国会議員、つまり政治家全員の双肩にかかっているのです。

 同時に、この問題にはもはや左翼も右翼もなく、知識人とその候補生たる大学生の皆さんも含めた、この国の将来を背負ってゆく全ての世代の真摯な課題です。日本という国と国民の浮沈がかかっている時に、狭い国内で右往左往して争うのではなく、日本丸の座礁や沈没を避けるために、頭脳と力を合わせて一致団結し、努力しなければならないのです。それが嫌な方は、さっさと外国に移住してください。しかしこの国に残る方は、総員が協力してください。そして本シリーズで見てきた「ヘーゲルの辯證法的」に、左右の対立を乗り超えて統合した智慧と努力で、なんとしても日本を立て直さねばならないのです。