共産党のおっしゃる「北東アジア平和協力構想」とは、要するに中国とロシアの勢力圏下に、わが国を含む東アジア諸国が纏まろうという意味なのでしょうか。今回は、この「構想」について、わたくしなりに考えてみたいと存じます。

 そもそも「北東アジア」とは、地理的に一体どの国々を意味しているのでしょうか。一般的にそのエリアと思われるのは、中国、朝鮮半島、極東ロシア、日本です。つまり国名でいうと、中華人民共和国、ロシア連邦、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)、大韓民国、日本ということになります。これにさらにモンゴル国(外蒙古)、中華民国(台湾)を加えるのかどうかは判然としません。

 

 少なくともその対象と思われる五カ国が構成する「平和協力構想」とは、一体どのようなものになるのでしょうか。共産党の過去の発表資料によれば、アセアン(ASEAN:東南アジア諸国連合)が引き合いに出されていますので、それに近いような「北東アジア諸国連合(Association of North-East Asian Nations:ANEAN)」を組もうということなのだろうかと推測しますが、この「アネアン」なるものは、一体どのような「諸国連合」になるのでしょうか。

 

 普通に考えれば、この中で地理的にも大国なのは、中国とロシアです。そしてこの五カ国で核兵器を所有しておりかつ強力な「軍隊」を持っているのは、中国・ロシア・北朝鮮の三カ国であり、これらはいずれも西側的な自由民主主義とは異なる政治・社会体制にある国々です。残る韓国と日本は、核兵器は保有せず、かつ自由民主主義的政体の国です。それでは、この「アネアン」の指導・運営体制で指導権を握るのはどの国でしょうか。常識的に考えれば、中国とロシアの強い影響力のもとに運営されることが、合理的に推測できます。

 

 日本が主導権を握ったり、韓国が主導権を握ったりするとは、まず思えません。つまりはこの「アネアン」なる構想は、平たく言えば、日本と韓国を、中国・ロシア・北朝鮮が主導する諸国連合の中に入れようとする構想ではないかと考えざるを得ません。「香港」の例ではありませんが、「今後五十年間は、日本と韓国の自由民主主義の制度は維持する」とか、「日本と韓国の高度な自治は保障する」とかを、高々と謳われたとしても、それが本当に守られるのかについては疑念なしとしません。強力な政治力・軍事力を持つ中・露のもと、次第に日本や韓国の国内の政治勢力もその影響を受けて、結果的には反欧米・反自由民主主義体制に近づいてゆくことも懸念されます。

 

 その結果、もしも日本が日本人民共和国となったり、韓国が北朝鮮に併合されたとしたら、共産党は目指す理想の共産主義形態に近づいたとして、首肯するということになるのでしょうか。もとより、日本も韓国も、かつての旧共産圏諸国に組み込まれてしまえば、もはや中国・ロシア・北朝鮮に対する「防衛」も意味を成しませんから、九条を変えることも不要で、かつ自衛隊を廃止しても全く問題はなく、代わりに日本の防衛は、香港のように人民解放軍が進駐してきて担ってくれることになるのかもしれません。このような日本の未来の姿を、同党は「理想の姿」として心に描いておられるということなのでしょうか。わたくしには理解に難いのみならず、そんな「アネアン」の一員に日本がなることなど、真っ平御免です。皆さんはどう思われますか。

 

〔本地図に関しては次の記事をご参照下さい↓〕


 参院選に向けての、各党の討論会を聴いていても、上記のような主張や、空想的とも思しき「観念的平和論」が目立つように思われます。全人類の精神的レベルが極めて高度なものに達していれば、そのような理想的「平和観念論」もまた通用するのかもしれませんが、現実の国際社会では、ロシアはウクライナに軍事侵攻して侵略戦争を続けており、北朝鮮はそのロシアにエールを送りつつ自国は繰り返し核兵器を搭載するためのミサイル発射実験を続けており、中国の国防相は米国の国防相に対して「誰であろうと台湾を中国から引き離そうとするなら、中国軍はどのような犠牲を払っても戦争開始をためらわない」と言明しているのが、わたくしたちの目の前で起きている「現実」なのです。

 

   共産党のおっしゃる「アネアン」とは、まさにこれらのロシア・北朝鮮・中国と「諸国連合」を組むことを意味しているのであれば、日本もこれらの国々のような国に近づけることに、結果としてなることをよしとしていると疑わざるをえません。旧社会党系の社民、立民や、れいわも、こうした志向性をお持ちなのかどうかは判りませんが、いずれにせよ眼前に繰り広げられている「北東アジア諸国の現実」を直視して、歯の浮くような理想論ではなく、地に足のついた現実的かつ実際に有効と思しき安全保障政策を提示して戴きたいと望みます。さもなければ、「空想論 対 現実論」の構図となってしまい、一般国民に対し、極めて具体的かつ実際的な成果を挙げなければならない政治家としての議論にならないようにわたくしには感じられます。皆さんは如何でしょうか。

 

   もちろん「理想」は素晴らしく、永遠に追究すべきものであるとしても、現実の政治・政策を担う政治家は、心の奥底に理想を抱きつつ、目の前の現実の問題には有効な対策を立案し、実施・実行することが求められているはずです。「理想論」は、学術界や言論界、思想・哲学の分野で追究してゆくとしても、実際の政治家は「現実論」で問題を少しでも解決に近づけるのがお仕事のはずです。この意味と文脈(context)において、理想論ばかりを吐く「評論家」と、実際に国民の負託を担う「政治家」は異なるはずです。

 

 その意味で、皆さんにもお薦めしたい一冊の本があります。それは前統合幕僚長の河野克俊提督が書かれた「統合幕僚長 我がリーダーの心得」(2020年ワック社刊)という書籍です。



 わたくし自身、ある会でお会いしてご挨拶をしたことがありますが、温顔にして果断な印象の素晴らしい提督です。お父上も旧海軍将校(潜水艦乗り、海機40期)で、戦後は海上自衛隊に進まれた元海将補(海軍少将相当)です。


 この本を読むと、わたくしたちと全く同様の一般高校でハンドボール部に所属しておられましたが、昭和48年にご本人曰く「補欠」で防衛大学校に入校されて以来、46年間の自衛官人生を語っておられます。ちなみに防大と海自幹部候補生学校(江田島)の卒業はいずれも首席だったとのことです。この本をタテから読んでも、ヨコから読んでも、ナナメに読んでも、どこからも「戦争狂(Warmonger)」の思想や姿は微塵も出てきません。常に与えられた配置と職務に誠実に向き合い、現実的に日本の平和を守るための様々な任務を遂行する46年間であったことがよく判ります。この本の帯は次のように書かれています。「PKO、東日本大震災、北朝鮮ミサイル、尖閣 日本の危機に自衛隊トップはその時、どう決断したのか。自衛隊46年、統合幕僚長4年6ヵ月の自衛官人生、今そのすべてを語る。」

 

 以前、本ブログでご紹介したヴィクトール・エミル・フランクル著「夜と霧」(旧版)にある、みすず書房編集長の「知ることは超えることである」という言葉の通り、如何なる偏見も先入観も一切持たずに、まずは虚心坦懐にこの本を読んでみて戴きたいと存じます。そうすれば、日本を取り巻いてきた、この「北東アジア」の46年間の軌跡の実態が浮かび上がり、わたくしが上述した「現実論」が一体どのようなことを意味しているのかを、理解して戴けるものと思います。参院選に限りませんが、ぜひこれを機会に、「日本の安全保障のリアル」についての知見を、この本を通じて深めて戴きたいと願っています。その上で、適正適切なる知的判断に基づいて、ぜひご自分の支援する候補者に投票してください。それが若い世代の皆さんへの、わたくしの切なる願いです。