今日は天気は申し分ないが、風が強い予報。まあ、行ってみよう。三溪園に向かうのに調べていると、バスが横浜駅、桜木町駅、根岸駅、元町・中華街駅から出ていると言う。横浜からは40分と長いので、中華街でお昼を食べて行くとちょうどいいかなと、みなとみらい線に乗り換える。新しい路線は、地下深くなるので、何度もエスカレーターを下る。


地下鉄は、出る所が難しいので、バス乗り場を確認という事で、書いてあった番号の所で出てみる。バス停はちょっと先にあるのがそうらしい。中華街は駅徒歩1分とあるのに見当たらない。マップを見ていると、何かお探しですか?と女性の方が声かけしてくれる。教えていただく。

元町を歩いてしばらく行くと中華街の門が見える。元町はTHE横浜という感じで、何となく異国情緒なんて古い言葉だけど、そんな感じがする。

午後から出かけてきたので、あまり時間がないので、すぐに店を決めようと、まず入ってすぐの店をのぞいていていると、美味しいわよとお店の人が声をかけてきて、先に進めなくなってしまった、美味しいならと入る事に。お客さんで席は大体埋まっていて、お2階にと案内される。ランチはリーズナブルで何種類もある。単品とランチに決めて美味しくいただく。



                中華街


バス停に戻ってバスを待つ。かなり頻繁にバスが運行されている。バスの運転手さんが不足して運行できない所も多いというが、どうにかならないものか。バスにあまり乗らないので、乗り方がわからない。市バスは一律料金で先払いのようだ。

15分とあったが、知らない土地は長く感じられて、降りるのを見落としてしまいそうになる。私の前の人達も三溪園に行くようだが、何故か一つ前で降りそうになって、戻ってきた。

降りるバス停に10人位の人が待っていて、帰りも混むのかなと少し心配に。

三溪園に着く。広い。これだけ広ければ混んでいても大丈夫だ。




             三溪園入り口

  

三溪園は、明治末から大正時代に生糸で財を成した原三溪という横浜の財閥が、東京湾に面した三之谷と呼ばれる谷あいの地に造りあげた日本庭園だ。広さは53,000坪もあるという。明治から公開している外苑と私庭としていた内苑からなり、京都や鎌倉などから集められた17の歴史的建造物と四季折々の自然が調和した景観が見所とある。紅葉のスポットとしても知られ、ネットでは紅葉は色づき始めとあった。



             三重塔を望む


大池を左に見ながら進むとまず鶴翔閣がある。住まいだったという。今は貸し出し施設となっている。明治時代から無料で開放したという三溪の心意気が受けつがれているのだろう。



                鶴翔閣


次いで、三溪記念館がある。業績やゆかりのものなどが展示されているが、淀殿の扇子が飾ってあって、どういう経緯でここにあるのかと考えてしまう。本物なの?なんて思ってしまったりして。

関東大震災の時に東京からここまで来た道筋が家康の伊賀越えではないが、図になっている。横浜の震災後の写真もあって、何となく横浜辺りはそんなにひどかったイメージばなかったのだが、焼け野原になっていた。その復興にも尽力した人なのだ。大きな窓の手前にゆったりした椅子が並べられていて座ると、紅葉と池と、遠くに三重塔が見え美しい。しばし座って癒しの時間を過ごす。出た所が紅葉が美しいのだが、結婚の前撮りの人が写真を撮っていて、中々動かないので写真を撮れない。その後も何組ものカップルが写真を撮っていて、撮っている所はやっぱりいい所なのだ。よくわかっている。



            三溪記念館から


次々に建物がある。臨春閣は、紀州徳川家初代藩主の別荘建築だ。日本家屋は、統一感があって美しい。



                臨春閣   


大きなイチョウの木が黄色に色付いて真っ盛りだ。風がすごく強いので桜吹雪ならぬイチョウ吹雪だ。きれいだ。





秀吉が京都大徳寺に、母の長寿の為に作ったという旧天瑞寺寿塔覆堂などもある。その他にもいろんな所からどうやって運び復元したのかと明治時代の事に驚きだ。莫大な費用もかかるに違いない。すごい事だ。茶室などは、障子で雨戸の戸袋もなく、雨が降ったらどうするのかと聞いてみると後で雨戸で覆うそうだ。障子だらけの建物もあって、昔も今も大変だ。


内苑も終わり、見えていた三重塔のある所に向かう。階段を上る。結構きつい。上ってみると展望台だった。海風も相まって風がとにかく強く、吹き飛ばされそうになりながら上る。上った甲斐はあって、港、工場、海、山が一望だ。富士山は見えなかったが素晴らしい。夕日も暮れつつある。



              展望台から


三重塔に向かう。旧燈明寺三重塔は何と室町時代京都の木津川市の燈明寺にあったもので関東では最古のものだという。びっくりだ。上からの眺めも素晴らしい。横浜のビル街も見える。



            旧燈明寺三重塔


              三重塔から


下ってもまだ建物が次々にある。名残惜しいながら、振り返って大池の写真を撮って後にする。書いてあった通り2時間あまりが経っている。

横浜まではバスで40分がかかるので、根岸駅に行くことにする。さっき降りたバス停はまた何人も待っている。バスに乗って、工場街を横目に進む。あっというまに日が暮れてくる。

着いた時から解放された気分を味わえる所だった。原三溪さん、すごいとしか言い表せない。明治時代、本当に生糸貿易が盛んだった活気に満ちた街、横浜を彷彿させる。残してくれてありがとう。



             入り口近くから