久しぶりの投稿になります。
見てみたら去年の4月以来でした。
父はその後、9月末にグループホームから介護医療院という
病院併設の施設にうつりました。
それまで体調を崩すと救急車で運ばれ、入院する。が流れだったのですが、
内科的なものであれば階下に行けばそのまま受診が出来ることが安心材料だったのです。
転院してからは増々寝ている時間が増え、12月からはミキサー食も食べる量が減り、
クリスマス前に主治医の先生から点滴に移行するとの連絡ももらっていました。
いよいよ終末期ではあるものの、もう少し、あと数週間から数か月は頑張ってくれると
思っていました。
ですが、1月8日、夜中1時20分頃、病院から「お父さんが息をしておられません」
と電話が。
すぐに病院に行き、先生に確認をしていただきました。
ここからですが、事前に起きた不思議なことによって、
するすると滞ることなく、11日、12日の通夜と告別式を終えることができました。
まずは私についてですが、クリスマス前に1月10日にずっと行けなかった美容室の予約を入れてました。
まさかの通夜前日です。
10月半ばから長女が第二子を里帰り出産のため、こちらに戻っており、
戻ってすぐに切迫流産の危険のため娘も私も動けず、上の2歳児もいるため
なかなか髪の毛を切りに行くタイミングが合わなかったのですが、
生後1か月も過ぎ、ぼちぼち行けるかな?の予約でした。
また父はとある葬儀会社に会費を払っていたことは以前から知っていたので、
どんな会員サービスがあるのか聞いてみようとこれまた年明けの5日に
葬儀会社に電話をかけてみたところ、
その日だけ相談員さんが空いているとのことで我が家に来て下さり、
祭壇など、いろいろと父の好みのものと思われるものを選んでの見積もりも取って
息を引き取ってからの一連の流れも教えてもらい、
ふむふむなるほどね。と事前知識は入っていました。
そして一番不思議だったのは、8日0時過ぎに、急に私の胸がざわざわして
「身支度しないと」と、急に爪を切り始めたのです。
上の娘も寝室から「なんでこんな夜中にぱちぱちと爪切り?」と思っていたそうですが、
あとから看護師さんに言われたのが、7日23時過ぎにはふつうに呼吸をしていたけれど、
8日1時過ぎには止まっていた。とのことだったので、その時間に息を引き取ったのかなと。
最後に会ったのは6日。
9月に転院してからプリンなどの差し入れが出来なくなったので、
代わりにCDラジオをベッドサイドに置いて、父のCDコレクションから都度、
新しいCDを持っていっては差し替えをやっていました。
なのに6日は父も私も好きなCDを準備していたのに持っていくのを忘れ
「お父さんごめーん、また明後日持ってくるわ」というと、
少し顔をぷいっとさせて「忘れんといてほしかったわ」というそぶりも見せました。
それが最後のやりとり。
せっかく準備してたのに聴かせてあげられなかったのは残念。というか、
CDコレクションだけで700枚くらいあるし、週3~4回の面会で5年半分くらいはありそう。
そこまで頑張ってほしいなぁ。と思っていたけれど叶わず。
そして8日の病院からの葬儀会社への連絡や葬儀準備、弟達仕事もあったので、
一人でやりました。やれました。というか本当にスムーズに決められました。
相談員さんもびっくりされてました。相談からまさかの三日後。
父、いろいろ思って、そういう流れにしてくれたのかな。
父の使っていたもので弟達ももう使わないだろう。というものも
いくつか持ってきましたが、まな板も持ってきて輪島の工房さんで磨いてもらいました。
使い古したまな板もね。綺麗になるとね。
磨いてもらって初めて気づいたのはヒノキのまな板でした。
これからも大切に使うよ。

































