闇本山 優芽の浮橋 越えて理帆 宮崎幕府 記憶の音色       (雅没徒第6番ハ短調 hp.240) -8ページ目

闇本山 優芽の浮橋 越えて理帆 宮崎幕府 記憶の音色       (雅没徒第6番ハ短調 hp.240)

チームCm
神:宮崎理帆(研修生37期)
仏:相馬優芽(ロージークロニクル)
聖:村田結生(つばきファクトリー)
仙:平山遊季(アンジュルム10期)
レジェンド(殿堂入り)
島倉りか 浅倉樹々 前田憂佳 宮崎由加 吉川友 中澤裕子 加護亜依 佐藤光 稲場愛香 

Cmベストテン

1位はもちろん

数多くのハロメンやハロヲタに

とっても愛された曲

 

記憶の迷路  です

 

ブログタイトルの中の

記憶の音色 はここからとりました

 

 

2008年にハロプロ38番目のユニット 

 Hi-King のシングル c/c の c/w 

として発売された曲ですが 

きわめて多くのハロメンが 

ソロや少人数のユニットで歌ってきました 

 

 

宮本佳林

 

小田さくら

 

鞘師里保

 

広瀬彩海&野村みな美

元ハロプロエッグの古川小夏は

1992年6月5日生まれなので

本日28歳になりました

 

2004年にエッグオーディションを受けて加入

ユニット ともいき木を植えたい にも参加

ハロプロ卒業後は

アップアップガールズ(仮)

のメンバーとして活動しました

6月になって

小学生や高校生の集団を

見かけるようになりました

学校も本格的に再開? なのかな

飲食店や小売店の自粛規制も

少しずつ緩和されてるみたいだけど

ライブやイベントなどは

相変わらず凍結されたまま

 

なので1975年あたりから

ゆっくりとリメンバー企画を始めます

 

昭和50年代は

オイルショックが終わって

デジタル化が進んでいく時代です

多くのドラマがありました

没落するものあり

のし上がるものあり

いつの時代もそうなんです

たぶんコロナ騒ぎも

ビジネスチャンスにして

のしあがるものがいるはず

 

1975年デビューの女性アイドルでは

太田裕美と岩崎宏美が傑出していました

とうに還暦は過ぎていますが

いまだに現役 ですよね

 

太田裕美は

1974年11月にデビューしていますが

芸能界の通例で

1975年の賞レースに参加することになります

1975年に3枚のアルバムを出し

どれも歴史に残る名作なんですが

地味ながら2枚目の 短編集 が

最高傑作だと思います

白い封筒 で始まり

青い封筒 で終わる

ひとつの恋のはじまりから終わりまでを綴った

見事なコンセプトアルバムになっています

 

白い封筒 に続く

A面2曲目の 太陽がいっぱい が

幸せいっぱいな時期なのに

ハ短調の悲しいメロディーなのが

結末を暗示しているのでしょうか

 

5曲目の たんぽぽ あたりで疑惑が生まれ

6曲目の 回転木馬 で距離が縮まらない

B面の1曲目では すれちがい になり

B面3曲目の レモンティー がせつない

 

 

♬冷めてゆくレモンティーの中で

 くずれてゆくの角砂糖

 僕たちのようだと言って

 あなたはまぜたの

昨年は 5/3常滑  5/4中野  5/5昭島  5/6大阪

タイトル通り 東へ西へ だったんですが

今年は2月以降ずっと停滞してます

たぶん最後に参戦したのは1月の大阪ハロコン

 

そんな危急存亡の夏に

国士13齋召集 

2013年以降は 樹枕九万齋 が担当します

 

2013年といえば

モーニング娘。 が

年号のつかない名前で活動してた最後の年

2013年8月28日発売の54th両A面シングルから

『わがまま 気のまま 愛のジョーク』

 

初披露からずっと評判がよくて

定番曲としてたいていのライブで披露されています

愛されたい 愛されたい

のヲタコールはもはや風物詩でしょうね

 

 

2013年7月10日発売 ℃-uteの22枚目シングル

 

℃-ute も 結成から8年

メジャーデビューから6年

クオリティの高いユニットに成長しました

 

そしてこの年

Juice=Juice もメジャーデビューしました

 

 

こういう時期だから

ライブやイベントができない

そのせいかYouTubeに

いっぱい動画がアップされる

それはいいんですが

 

貼り付けたとたんに消される

 

もう殺意しか湧きませんね

 

 

確か 星の金貨 とかいう

ドラマに使われていましたね

この時代はタイアップのヒット曲が多かった

 

 

1998年にメジャーデビューした

モーニング娘。の3rd.シングルの

c/wとなっていた曲なんですが

20年以上たった今でも屈指の名曲だと思います

 

 

江古田というローカルな地名が

一挙に有名になったので

この機会に埋もれた名曲を発掘しておきましょう

とにかく1度聴いたら耳に残ります

作詞:竹内緑郎/作曲:岡野光夫/編曲:武市昌久

 

竹内緑郎は確か森進一に

ポケット夢 という曲を書いていたと思います

 

以前にいちどとりあげてますね

 

 

 

 

安保反対 安保反対

TVから毎日のように聞こえていました

70年安保闘争の年

東大の入試とかも行われなかったのかな?

高校の卒業式とかも荒れてましたね

 

一方で 人類の進歩と調和 をうたう

大阪万博も開催されました

月の石に6時間待ちの行列とか

月だろうが地球だろうが石は石だろ

隕石見るのと変わらんじゃないか

と思いましたから見てません

 

FM愛知 とか FM大阪 とかの

民間FM局が開局したのもこの年

洋楽とか 歌謡曲じゃない日本の音楽

をだいぶ聴きやすくなりました

ただこの時代カセットはまだ普及してなくて

エアチェックはおもにオープンリールでした

 

1970年にはベンチャーズの作曲による

京都の恋 や 京都慕情がヒットしましたが

1971年には 大阪を舞台にした

雨の御堂筋 が有線大賞を受賞しました

♪ ああ 降る雨に 

泣きながら 肌をよせて  

  傘もささず 濡れて夜の   

  梅田 新道 心斎橋と

 

 

 

たしか中澤裕子もカバーしてますね