翌朝


おじいちゃんの入院する病院に


おばあちゃんとお見舞いに行くことにした。


三島駅からバスで20分くらいのところにある病院に


おばあちゃんは毎日一人で通っているそうだ。



いつもと同じように歩いて


同じように洗濯物を抱えて


おばあちゃんの苦しみを少しでも分かりたかった。


おばあちゃんの負担を少しでも減らしたかった。




病中のおじいちゃんに再会するまでの道のりは


なんだか落ち着かなかった。



ひょっとしたら


由布子のこと忘れちゃってるんじゃないか・・・


そんな不安を胸に


病室に足を踏み入れた。



そこにはすっかり変わり果てたおじいちゃんの姿があった。


顔はこけて


手足は動かずにやせ細り


口をぽっかり空けたまま


どこか一点を見つめていた。



「パパ!!!」


そういえば昔から


おばあちゃんはおじいちゃんのことをそう呼んでいた。


「由布子ちゃんだよ!浩次んとこの!わかるでしょ!?」


おじいちゃんは初対面の来客を見るかのように


軽く会釈したようだった。


そんなの当然だ。仕方ない。


でも


なんだか寂しさが残った。


「由布子ちゃんね、わざわざパパに会いに、東京から遊びに来てくれたんだよ!


こんなにおっきくなっちゃってね、もうお勤めしてるんだってさ」


おじいちゃんは困惑した面持ちだった。


記憶の片隅から今必死に思い出そうとしているんだ。



「ねぇ、おじいちゃん、由布子だよ」


5年分、


いや10年分の話したいことなんて山ほどあったはずなのに、


苦しくて言葉が出てこない。


もうこれ以上


何て言っていいかわからなかった。



「…ゅ・・・こ」



思い出したのか、


思い出してないのか、


そんなのどっちでもよかった。


でもたしかに呼ばれた気がした。


その時


昨日からずっとこらえていたはずの涙が溢れ出た。


「由布子ちゃんね、パパの顔見て感動して泣いちゃってるよ」


そう言いながら隣にいるおばあちゃんも涙を流していた。


横たわったおじいちゃんの体を拭いたり、


着替えさせたり、


腕を摩ったり・・・


あぁそうか


これが真の夫婦の姿なんだ。


50年後、60年後、


一生かけて愛し、守りたいと思える相手に


自分は出会っているのかな・・・




帰り際におばあちゃんは言った。


今年のお正月は由布子ちゃんが来てくれたから


ちっとも寂しくなかったよ。


今度来る時はもうおじいちゃんはいないかもしれないけど、


おじいちゃんも最後に孫に会えてきっと喜んでるよ。


由布子ちゃんは優しい子だねぇ。


本当にありがとうね。」







病室の窓から見える富士山が


涙で曇った。


全然優しくなんかないよ。


もっと由布子にできること


いっぱいあったはずなのに。