胸の鼓動はドキドキして激しくうごめいているのに、体は石膏で固められてしまったように動けなかった。まるで自分は美術室にある石膏像みたいだなと思った。
顔ものりを塗られて乾いてしまったかのように、⁈という表情のまま固まってしまった。
両手に包みを持って差し出し、真っ赤な顔をしてうつむいていた彼女。
彼女も両手で包みを差し出したまま、そのまま体は石膏で固められ、顔ものりを塗られたように固まっていた。
石膏とのりで固まってしまった2人。わずか7、8秒の出来事だったが、長い長い時間に感じた。
その7、8秒で、自分の顔がのりで固まったようになった時、そうか、姉ちゃんが顔にパックを塗りたくってスケキヨみたくなっている時って、こんな感じなのかと、関係ないバカなことを考えた自分。
「しっかりしろ!」
僕は自分に言い聞かせて、石膏で固められた体をバリバリと動かし、両手で差し出された包みを受け取った。
「あ、ありがとう」
顔に塗られたのりが、口元あたりののりが、パリパリと剥がれ落ちた。
口元あたりの剥がれ落ちたのりが、自分の足元に落ちたんじゃないか、目の前の彼女がそののりを見たんじゃないかなどと、またバカなことを考えた。緊張しているのに、どこか冷静、いやばかげた自分がいた。
足元ののりを気にしている間に、彼女は走り去った。
紺のブレザーにチェックのスカートという制服姿の彼女の背中が見えなくなるまで、ずっと包みを持ったまま突っ立っていた。
彼女の姿が見えなくなったとき、辺りをキョロキョロ見渡して、誰にも見られないうちに包みをカバンにしまった。
ワクワクするうれしさと、ドキドキする緊張感が大波のように自分を襲ってきた。そして僕は、その大波にのみこまれてしまった。うつむいたままで両手を差し出した彼女の白くて小さな手を思い出して、胸がキュンとした。
今までに感じたことのないキュン。胸に針が刺さったようなキュン。胸がなんだか苦しいような痛いような、せつないせつないキュンだった。
それから彼女を意識するようになった。
友達と笑っている時の彼女の笑顔がかわいくて、また胸がキュンとせつなくなった。
授業中、彼女が懸命にノートをとる姿にキュン。たまに髪をかきあげたり、口をとがらせたり、眉間にしわを寄せたりする姿にキュン、キュン、キュン、キュンせつないの四拍子。
彼女が髪を風になびかせて、スカートをひるがえして校庭を走る姿にもキュン。
そしてハッとした。
僕は、いつもいつも彼女を探して目で追いかけてるじゃないか。
キュンと胸がせつなくなる。針が胸に刺さったのかと思っていたが、どうやら刺さったのは針ではなくてキューピットの矢だったようだ。
彼女を好きになっている自分を初めて認めた。
今まで気になった女子はいたが、憧れのような気持ちだった。しかし彼女に対しては違う。憧れじゃない。恋だ。
今までとは違う気持ち、初恋だ。
うつむいたまま両手で差し出された包み、チョコレートを受け取ってから1ヶ月がたとうとしていた。
友達とふざけたり、部活にうちこんだりしながらも、彼女を思うとせつなくなる。
1人部屋にいるときには、ベッドに寝転がって天井に彼女を思い描いてせつなくなってため息をつく。
いったいこれまで何度、彼女を想ってため息をついたことか。
これからも彼女を想ってため息をつき続けるのか。
ため息をつくたびに、せつない気持ちがあふれてどんどん蓄積されていく。
この蓄積されたせつない気持ちはどうなってしまうんだ。
いつ消えるんだ。どうすれば消えるんだ。胸に刺さった矢はいつになったら抜けるんだ。いったいいつになったらキューピットは、この矢を抜きにきてくれるんだ。
そこで気づいた。
キューピットは矢を放っただけで抜きにきてはくれないことに。キューピットは無責任だが、それが現実だ。
そして彼女も、今の自分と同じように胸に矢を刺したまませつない気持ちでため息をついていたんだ。だから矢を抜くためにバレンタインデーに僕に包みを、チョコレートを渡したんだ。
チョコレートを渡しても、音沙汰ない僕のことを、彼女はどう思っているのだろう。
チョコレートを渡す前よりも、せつないせつないせつない気持ちを抱えているに違いない。胸に刺さった矢が彼女の心をえぐり、彼女の心に大きな大きな穴ができて、その穴を冷たい風が吹き抜けて、どうしようもなく痛い痛い思いを、涙が出るような痛い思いをしているにちがいない。
天井に描いた彼女の顔が泣き顔に変わった。
胸に刺さった矢が振動して僕の心を揺らす。その痛さに顔を歪めて苦しむ自分。その痛みが僕の脳を直撃して刺激した。
「よし、俺も男だ!ふんどし締め直して彼女に気持ちを伝えるぞ。よし、ホワイトデーに伝えるぞ。何を彼女にあげたら気持ちが伝わるんだろう。なんて言って、どんな顔してを渡したらいいんだろう。彼女もバレンタインデーの前に、こんなふうに悩んだのだろうか」
彼女の気持ちを察したら、さらにズキッと胸が痛み出した。
自分の胸の矢も、彼女の胸の矢も、自分が勇気を出すことで抜けるんだ。この痛みもなくなるんだ。
「よし、ふんどしを締め直すぞ」
本日2月14日は、ふんどしの日でもあります。日本の伝統的な下着ふんどし。その昔、麻でできたふんどしを武士や貴族のみが締めていた。ちりめんのふんどしを締めていた上流階級の人々もいた。江戸時代にふんどしが木綿になってから、一般庶民も身につけるようになった。
が、第二次世界大戦後に洋装化が進み、ブリーフやトランクスが登場して、ふんどしを身につける人がいなくなった。
体をゴムで締めつけることなく通気性も良いと、最近またふんどしが見直されてきているという。
様々な色、柄のふんどしが売り出され、まさに温故知新。日本の文化に触れることができるふんどしとして、日本ふんどし協会が外国人を中心に、その良さをPRしている。
女性用のふんどしもある。
決意したり気合を入れたりすることをふんどしを締め直すという。
自分は日本男児。やっぱりふんどしだ。
ふんどし締め直して、彼女に告白だ。
「せつない気持ちはもう終わりにしよう。胸に刺さったキューピットの矢、抜いてやるからな。痛みをとってやるからな。
もう少しの辛抱だからな。待っててくれよ」
天井に描いた彼女の顔が泣き顔から笑顔に変わったのを確認して、僕はベッドからおりて立ち上がった。
そして気合いを入れて、ふんどしを締め直す仕草をして天井を仰ぎ見た。
「君が……君のことが大好きだ!」
ふんどしを締め直したからか、彼女に告白する勇気がどんどんどんどん湧いてきた。
「よし!できるできる。彼女に告白できる!」

