世界観episode66~留学の画策とTOEFLと失望と焦燥②(HSP社会人前⑪)

 

 

 

  前回は、

  やはり環境になじめず、

  アメリカに留学しようと

  TOEFLを受けたものの

  なかなか点数が

  あがらず

  もがいたことについて

  お話ししました。  

 

 

   世界観episode65~留学の画策とTOEFLと失望と焦燥①(HSP社会人前編⑩)

  

 

  今回は、

  前回に引き続き、

  留学の画策とその結末について

  お話しします。 

 

  今回はTOEFLの勉強を

  かなり頑張ったおかげで、

  TOEFLの成績はあがりました。

 

  憧れのコロンビア大学や、

  NYUが無理にしても、

  NYの某私立の

  そこそこ名門大学に  

  願書を出せば

  合格するであろう水準には

  到達しました。

 

  というのも、

  私は大学の成績は

  外務専門職の試験に

  集中するため

  単位を落とさないよう

  真面目に勉強したおかげで

  良かったのです。

  (世界観episode47参照)

 

  しかも、

  教授の推薦文についても

  自信がありました。

  ゼミでも真面目に

  していたし、  

  授業での課題も

  それなりに良いできを

  収めていました。

  

 

  私がアメリカの大学への

  入学を希望するころ、

  幸いにも姉は

  まだNYにいます。

  

 

  母も、

  私立大学で

  お金はかかるけれど、

  もう仕方がないと

  諦めが入っていたようです。

 

  NYで姉と一緒に住むのなら

  願書を提出すれば良いと

  言ってくれました。

 

  ただ、

  母からは、

  できれば

  3月の人事異動を

  待ってから

  考えてもいいのじゃないかと

  言われました。

 

 

  実際に

  大学の受験のために

  私は行動を開始しました。

 

  まず、

  大学に英語の成績表を

  取り寄せに行くことにし、

  恩師に推薦文を書いてもらうよう

  お願いに行くことにしました。

  

  その年の夏、 

  恩師に事前に連絡し、

  アメリカに留学しようと思うこと、

  推薦文を書いてもらいたいことを話しに

  卒業以来初めて

  大学に行きました。

 

  

  久しぶりに会った恩師は

  私が公務員になじめず

  苦闘していることを

  見透かしていました。

 

  恩師は

  深く追求せず

  あっさりと、

  「だろうね、

   君、公務員向いてないから。

   推薦文は

   本当に必要になったら

   いつでも言ってくれればよい」

  と言ってくれました。

 

 

  恩師は、

  私の性格を

  よく理解してくれていたので

  (世界観episode46参照)

  私が

  あまり事情を

  細かく説明したくないことを

  を察してくれたのです。

  

   

  仕事のことで

  つらいことが出てきて、

  2月頃は疲労も重なり

  体調を崩して

  起き上がれない日も

  数日ありました。

  

  それでも、

  あと少ししたら

  やめるから頑張れる。

  最後まで手は抜きたくない、

  と気力で頑張り抜きました。

 

 

  3月に入り、

  内示の日がようやく

  やってきました。

 

  人事異動の結果、

  私は、

  ダメ元で出していた

  部署に異動できたのです。

 

  その部署は

  業務の内容も

  したかったことであり、

  環境も

  静かなところだったのです。

 

  そこから、

  悩みました。

   

  どうしよう、

  せっかく受かった公務員。

  したかったことも

  できていないいままやめるのは、

  敵前逃亡するみたいだし、

  負けたみたいでなんか嫌だな、

  せっかく希望部署にも異動したし....。

 

  今異動したのは、

  もしかしたら

  神様がもう少し頑張れと

  言ってくれているのかも....。

 

  (神様からしたら、

   いい迷惑な話ですが、

   混乱してきているので

   当時は本気で考えました。

   踏ん切るきっかけが

   ほしかったのです。)

    

  向かなかったのは

  この部署だったからかも...。

  

  きっとそうに違いない.....。

 

  さんざん悩んだ挙げ句、

  留学を取りやめ、

  今いる場所で

  頑張ることにしました。

 

 

  姉に異動の話をし、

  留学をやはりやめようかと

  思っていると話したところ、

  「異動できて良かったね、

   せっかく受かった公務員だし、

   留学しても良いことがあるとも

   限らないし、

   環境が変われば

   また違うだろうから、

   今度は合うところだと良いね」

  と言われました。

 

  姉も人事異動のことは、

  気にしてくれていました。

 

  姉は、

  やはり

  留学のリスクは大きいので、

  私が何があっても留学する!

  という強い意志が

  あるのでなければ、

  繊細で安定志向の私には

  今の安定を捨てての

  留学は進められないと

  思ったようです。

 

  そして、

  姉は

  私のプライドの高さも

  よく知っていました。

  下手に留学して

  不満足な結果になったら

  高いプライドによって

  苦しむだろうことを

  気にしたのです。

  

 

  また、

  姉も表だっては

  言いませんでしたが、

  両親のいる地元に

  私がいる方が安心というのは

  あったと思います。

 

  両親にしても

  私がいる方が安心。

  

  私もできることなら

  リスクは犯したくない。

 

  私達家族は、

  今回の人事異動に

  すがりました。

  根本的な問題は

  解決していなかったのですが、

  環境がかわれば違うはず

  今度はきっとうまくいくと

  思うことにしたのです。

 

 

  結局20年後、

  ついにうまくいかなくなり

  このとき避けた問題が

  もう一度立ちはだかることに

  なりました。

  

 

  ですが、

  このときの私は、

  今度はちゃんと大丈夫、

  地に足を付けて頑張ろうと

  決意しました。

  

  恩師にも

  少々ばつの悪い思いをしながら

  留学を取りやめた旨を

  電話で伝えました。

 

  恩師は、

  「そう決めたのなら

   頑張って。

   でもやはり留学したくなったら 

   そのときはまた相談に乗るよ」と、

  私の状況を慮って

  優しく言ってくれました。
 

 

  今にして思えば、

  大胆だけど、

  不安を抱きやすく

  安定志向の強い私は、

  このとき、

  まさに目の前の

  安定を捨てるのが

  怖かったのです。

 

  確証のない未来に

  かける度胸がなかったのです。

 

  自分を信じることが

  できないのは、

  自己肯定感の低さに

  起因します。

 

  これこそがHSS型HSPの

  悩む点であり、

  私の課題です。

 

    

 

  

  

  明日は、

  

  

       

 

 

 

 

  

   に続きます。