2021/7/3(土曜日)

寛解導入療法13日目。

詳しいことはよく分からないけど

回復の兆しは一向に見えなかった。

絶食なのに点滴のせいで

体は浮腫み、体重はむしろ増えてた。

(…全然痩せへんやん!話と違う!)

膀胱カテーテルを挿入すると

車椅子でトイレに行く必要もなくなった。

ついには本当の寝たきりになっていて

まさに、「生かされてる」という感覚だった。

基本寝てるかLINE返してるか、

アマプラかネトフリを見て過ごす。

この日はただしんどいだけじゃなくて、

なんとなく息苦しさを感じていた。

けどこれも、薬の副作用なんかと我慢していた。

でも徐々にその息苦しさが気になって

ナースコールを鳴らした。

看護師さんに伝えるも、

全然先生は来ない。

息苦しさの違和感がどんどん

確信に変わっていき、過呼吸みたいになる。

『今日土曜日→医者少ない→ワンチャン死』

この方程式がすぐに頭に浮かんだ。

我慢してたら分かってくれないと思って

必死に息苦しいことを訴えた。

やっと当直の先生が部屋にきて、

私を診て「ご家族に同意の準備を」

と言っていたのが聞こえた。

看護師さんは何人か来て、

部屋の片付けをしている。

どうやら私を集中治療室に運ぶらしく、

そこで治療をするには家族の同意が必要らしい。

(こんなピンチのときに同意てなんやねん!)

しかもパパとお母さんと連絡が

つかないらしい。

(なにしてんねんあの2人!あとでしばく!)

死にかけてんのに気持ち激おこ。

やっとパパとお母さんが病院に到着して、

ICUの受け入れ体制が整うと、

私はベットごと集中治療室へ運ばれいく。


ベットごと運ばれていくとき、久しぶりに

隔離されてた部屋から出れた。

エレベーターの中でお母さんに会えた。

「がんばるんやでゆきちゃん!」

と祈るような声かけとともに私の手を握った。

私はというと、

来るの遅かった2人に怒り芽生えていたから

「「分かってるわ!」」

必死で息しながら巻き舌で言い返し、

お母さんの手を振り払った笑

あとで聞くと、

お母さんは運ばれて行くとき、

「最期になるかもしれませんので

   声かけてあげてください」

と言われていたらしい。

分かってるわ!が最期の言葉にならんくて

よかった〜(笑)

そして、

この息苦しさの原因は、

薬の副作用でもなく、

肺から出血だった。

肺はスポンジのように

空気を溜め込む空間がある。

それが血に浸かると、

そのぶん空気を取り込む空間が少なくなるから、

まさに溺れたような状態になる。

私は集中治療室に到着し、

仰向けになった私の視界には

土曜日にも関わらず

すごい人数の医者たちが居た。

もう楽になるからね〜と

話しかけてくれたのは

わたしの担当医だった。

私はちょっと安心して

酸素カプセルのようなものを被せられ、

(あ、息できる。。。)

と思うと同時に眠るように意識を失った。

そして、意識が戻ったのは

1週間後だった。

自分はこのまま意識を取り戻さず、

死んでたのかもしれない。

そんな極限の状態だったことを後で聞き、

その時初めて怖くなった。

でもそれはそれで、

自分が死ぬと気づかずに逝ってたから

死ぬって案外こんなもんなのかもしれないと、

26歳ながら思った。

だけど、人間は意外としぶとい。

そして、現代医療はすごい。

簡単には死なせてくれないから、

人生はまだまだ長い。ありがとう!

次回、集中治療室でのことを書きます。

つづく。