【ユッコ生誕記念日〈前編〉/岡田有希子】

1967年(昭和42年)8月22日、愛知県一宮市で佐藤佳代(岡田有希子)さんが

この世に誕生した。

岡田有希子(本名佐藤佳代)さんは日本のアイドル、歌手、タレント女優である。

愛称はユッコ。

名古屋市立向陽高等高校を経て堀越高等学校卒業。サンミュージックに所属していた。

キャッチフレーズ:「いつまでも、一緒にいてね。」

「ステキの国からやって来たリトル・プリンセス」

岡田有希子さんが生存していれば今年55歳の誕生日である。

 

★今回は佐藤佳代(岡田有希子)さんがこの世に生をうけ自らオーディション番組に

応募し芸能界へ。岡田有希子としてデビュー(デビュー曲「ファースト・デイト」)するところまでを前編として紹介。

【早大 東大歌謡曲研究会 日本青年館にてバースデーパーティー  1984.8.22】

 岡田有希子さん 17歳

 


 

両親と二人姉妹の次女として生まれる。

2歳の頃一宮から同県愛知県熱田区(金山近郊)に引っ越しとなる。

 

 

   【幼少期の佐藤佳代(岡田有希子)さんと母孝子さん

 

  

        【幼少期の佐藤佳代(岡田有希子)さん】

 

    

 【 熱田神宮へ七五三参りする佐藤佳代(岡田有希子)さん】

 

    

     【小学6年生・学芸会の音楽劇『浦島太郎』での乙姫】

     浦島太郎のヒロイン乙姫役を佳代(ユッコ)さんが演じる

 

小学6年生の時、学芸会音楽劇浦島太郎』で乙姫役を演じ、

校長が見に来たほどだった。

その役作りのために、テレビアニメベルサイユのばら』(日本テレビ)で主人公の1人、マリー・アントワネットを研究していた。

 

   

          【立木義浩が撮った佳代、14才。】

          (ニコンフレッシュギャルコンテスト)

 

1981年(昭和56年)8月、姉が購読していた雑誌『高一時代』(旺文社)に

載っていたオーディション『ニコン フレッシュギャルコンテスト』に中学2年生で応募し、準グランプリに選ばれた。写真は月刊誌写楽』(小学館)1982年3月号に掲載され、特大ポスターが全国各所に貼り出された。中学3年生の夏休みには、大阪城

開催された『ニコン 中・高生のためのカメラ教室』の写真モデルになっているが、

いずれも芸能界入りにはつながらなかった。

 

    

     【マイ・ボーイフレンド オーディション番組「スター誕生!」】

      https://youtu.be/p_w6ylehrAU:引用元

 

1982年(昭和57年)6月、前年に応募していたオーディション番組

スター誕生!』(日本テレビ)の予選会通知が中京テレビから届いた。

「中学2年生で出場、中学3年生でデビュー」の計画から1年遅れの通知だった。

担任教諭に反対される中、学校を無断欠席して名古屋地区予選に出場。

北原佐和子「マイ・ボーイフレンド」を歌い、決戦大会への切符を掴む。

 

    

         【オーディション番組「スター誕生」】

         (名古屋地区決戦での佐藤佳代(岡田有希子)さん)

        参考動画:https://youtu.be/eXAd2DeJs5U:引用元

 

1983年3月の決戦大会への出場を許された。

3月30日、『スター誕生!』第46回決戦大会で中森明菜スローモーション」を歌い、結果は後日発表されることとなった。

しばらくして、『スター誕生!』決戦大会の合格が伝えられた。

芸能事務所はサンミュージックと研音レコード会社キャニオンレコード

VAPから指名され、「サンミュージック」「キャニオンレコード」との契約が決まった。

 

◉「岡田有希子」誕生

1983年7月17日、名古屋を拠点とする霊能者姓名判断師の沖紘子によって、

芸名岡田晴子、岡田佳代子、岡田有希子が候補に挙がった。

「“晴子”はサンミュージックの先輩・桑田“靖子”と名前が似ている」

「“佳代子”は性格的に弱い名前で、厳しい芸能界では負ける」との理由で

不採用となり、最終的に「希望を有する」で岡田有希子に決まった。

(出典:wikipedia引用転載)

 

◉『ファースト・デイト』で歌手デビュー

ファースト・デイト』は、1984年(昭和59年)4月21日にデビュー曲として

キャニオンレコードからリリースされた岡田有希子の最初のシングル曲である。

B面曲は『そよ風はペパーミント』。

4月21日シングル曲『ファースト・デイト』でメジャーデビュー。

キャッチフレーズは「いつまでも、一緒にいてね。

ステキの国からやってきたリトル・プリンセス」。

当時、キャニオンレコードに所属が決まったころ、音楽プロデューサーである

渡辺有三さんは、岡田さんのイメージを「六大野球を観に行く山の手のお嬢さん」と定めデビュー曲の制作を竹内まりやさんに依頼しました。

デビュー曲候補である、「学園恋愛三部作」および「ティ-ンエイジ・ラブ」をテーマとした合計6曲が提供。

1983年12月10日、竹内まりやさん自身がコーラス参加する中、初めてのレコーディングが行われた。デビュー以降も竹内まりやさんからの楽曲提供が続くこととなり、作詞のみも含めてお互い最多の11曲に及んだ。

 

   

   『ファースト・デイト』/『そよ風はペパーミント』1984.4/21

        CANYON-7A0368【EP】

    1.ファースト・デイト
     作詞・作曲:竹内まりや 編曲:萩田光雄

    2.そよ風はペパーミント
     作詞:田口俊 作曲・編曲:大村雅朗

 

     https://youtu.be/-M2DT1W8JjY:引用元

 

 

 

 【HD】岡田有希子 ファースト・デイト 1984年8月8日

     作詞/作曲:竹内まりや  編曲:萩田光雄 

     https://youtu.be/Ty8CleQa3yA:引用元

 

 

    

        画像:Twitter.com

      車の免許もほしいなーって思います

      今はとれなくてもそのうちキットね

 

     …8月22日は18才の誕生日。

      でも、本当のこと言うと、まだ誕生日が来て

      欲しくないんですよネ…。

      普通女の子って、18才位に憧れるのに、

      変わってるって思われちゃうかもしれないけど。

      だって私いつも、14、15才位に見られちゃうんですョ

      ひどいときなんて12才…。

      それなのに、実際の年だけどんどん年とって

      いくなんてあんまりだと思いませんか?

      大人っぽく見られたいとか、背伸びしたいとか…

      そんなことじゃないんです。

      せめて、16か17に見てくれれば、こんなに傷つかないのに…?

      いつも思うんですよネ。

      私が年よりう~んと下に見られた時にどれほど、

      落ち込んじゃうかなんて、誰も気付いてくれないんですよネ あ~ん💦

      可愛くていいじゃない…とか言われたって

      バカにされてるみたいでイヤ 

      だから、ちょっと前は、わざとお化粧濃くしたりしてた。

      

      …以上18才を迎えたユッコの誕生日の主張でした…。

   

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