[私と大樹の赤ちゃん。初めまして、私はお母さんの美咲です。
 あなたを思いながら、この絵を描きました。お母さんとお父さんはあなたが生まれくるのをずっと楽しみにしていました。たくさんの愛であなたを包み込みます。この絵のようにしっかりあなたを抱いて守るつもりです。

 でもあなたが生まれる事を反対する人もいたのも事実です。愛と優しさだけがあなたの周りにあった訳じゃありませんでした。憎しみや怒りや汚いものもたくさんありました。

 でもお母さんは負けませんでした。だから、あなたも何があろうと負けないで下さい。


 生きていく間には、愛や希望や夢やたくさん美しいものがあるのと同時に、裏切りや恨みや妬みや差別や数えきれない辛い事もあるのです。
 でも負けないで生きて欲しいの。あなたは此処に生まれたの。お母さんと同じ長崎にね。此処は不幸な過去を背負わされた場所なのですよ。

 だからこそ、強く生きなければならないの。一瞬でたくさんの命が消された戦争もありました。あまりに哀しい運命を背負わされたところなのです。

 これからあなたもたくさんの理解できない事や納得いかない事があると思います。私たちは此処に生まれたこそ、強く真っ直ぐに生きないと行けないの。


 あなたに向けての手紙のはずなんだけど、弱いお母さんが自分を励ます為に書いてるような気がしてきました。
 情けないお母さんだね。実は落ち込んでいるのです。本当はとても辛いの。

 でもこれからは、一緒に生きて行こうね。弱いお母さんだけど一緒なら頑張れる気がします。お母さんがしっかりあなたを抱きしめるから、一緒に生きようね。
 絵画の中のあなたの顔がないのをなぜだろうって思うと思います。
 それはね、笑顔になるのも哀しい顔になるのも怒った顔になるのも意地悪な顔になるのも、あなた次第だからなのです。
 あなたが完成させるの。必ず笑顔にして欲しい。どんなに辛い事があっても笑顔で過ごして欲しいの。お母さんのお願いだよ。

 この絵に誓うよ。お母さんはあなたを守る。
 この手紙を読んで、顔が描いてない理由をあなたが知ったときにどう思うだろうか。お母さんは此処に生まれてよかった。あなたもよかったと言ってくれるだろうか。
 愛するあなたへ。弱いお母さんより。]


 手紙を読み上げながら、私は泣いていた。読み終えた後、座り込んで声をあげて泣いた。みんな、みんな、泣いた。

 絵画の赤ちゃんは私たちだ。長崎に生まれた私たち全員だ。笑顔にするのも、鬼のような顔になるのも私たち自身だ。

 顔がないんじゃない。顔を造るんだ。そして、顔というのは心の現れなのかもしれない。

 この手紙と絵画を、由香里さんやかなさんや高橋優子が見ていたらきっと事件は起きなかった。それぞれの人生が違うものになっていたはずだ。


 この手紙は美咲さんの心の叫びだ。周りに反対されて不安で辛くて悲しくて、どうしようもない気持ちを、手紙と絵画にぶつけたのだろう。



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