泣いている愛子先生のもとにはいつの間にか吉武刑事がいた。やりきれない思いがその顔に表れていた。
 赤ちゃんを産みたかっただけの美咲さんと、才能ある若者に勉強ができる環境を与えたかった才津先生をなぜ邪魔にするのよ。この二人には微塵も非はない。

 悪いのは由香里さんから逃げた男でしょ。


『あなたがあの事件に関わっていたなんて、全く気付かなかった。』
 由香里さんはかなさんに向かって話した。驚きと哀れみの混ざったような響きに聞こえる。
『でもあなたは私たちとは違うわ。』
『違わない!』
 私は叫んでいた。何が違うのよ、由香里さん。

『みんな勝手だよ。身勝手だよ。才津先生と美咲さんは何も悪くないじゃない。
みんな勝手すぎるわ。自分の事しか考えてないじゃない。才津先生だって、美咲さんだって、みんなみんな幸せになりたかったし、なる権利があるわ!』
 叫びながら涙が溢れる。止まらない。悔しい。哀しい。絶対許せない。
『幸せになる権利か。私にもあるのかしら。幸せになりたかった。一度負った心の傷は一生治らないと知ったわ。』
 美しい由香里さんは穏やかな声で呟いた。


 吉武刑事がかなさんのところへと歩み出した。それを見た他の刑事もはっとした表情をして慌てて吉武刑事に従った。
『署まで同行願います。』
 別の刑事は青方由香里さんのもとに行き、また別の刑事は高橋優子さんのもとに行き、同じように同行を求めた。二人とも何の抵抗もなく、刑事に連れられ歩きはじめた。
 みんな、行ってしまう。自分の犯した罪を背負ってこの先も生きていくのか。

『一緒に行ってもいいけど、私はただ血圧を下げる薬を飲ませただけ。それに私はあのときは高校生よ。お父様に頼んだらすぐ帰れるわ。まったく、あなたたちの詰めが甘いから私が出ないといけなくなったんじゃない。私も被害者よね。』
 そう言って笑った。
『確かにどうなるかわからないな。でも現在も続いている高橋大樹に対するストーカー行為は立件できるんじゃないか。』
 吉武刑事はキツい口調でかなさんに向かって放った。そのまま刑事に両サイドを挟まれながら、無言で歩きはじめた。


『私のところの喫茶店でバイトをしたのはなぜなの。よく考えたら、弁護士の娘のかなさんが働く必要なんてないわ。』
 ムッとした表情だったかなさんは私の方を見るために振り返り、ニヤッと笑った。
『ほんとに疎いわね。』
 本当にあのかなさんなのか。その笑みは私をバカにしているようだ。理由を何て答えるの。怖いけど私は真実しか知りたくない。
 かなさんは刑事たちの腕をはらって身体を私に向けた。

『ほら、よく自慢の息子さんの話をしてた人がいるでしょう。佐橋のオバサンよ。知らないの?高橋先輩と同じ歳で、同じ大学の同じ医学部よ。庶民が無理して医学部なんて行くから、パートを掛け持ちなんてしないといけないのよね。ふふっ。ちょっと息子さんの話題を振れば、大学の事をべらべら喋ってくれたわ。
彼女は私の情報元の一つよ。』
 笑っていた。かなさんは最後まで笑っている。
 確かにそうだった。私は自分の未熟さを恨んだ。佐橋さんの息子さんは医大生だった。かなさんの情報収集力は尊敬する。その力を別の事に使ってくれたらよかったのに。



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