才津が見舞いに来て、倒れた日から由香里は眠れない毎日が続いていた

 休日の昼下がり。ベットで眠る由香里の姿があった。久し振りによく眠っている。

 静かな日だ。誰も邪魔する者もない。

 ふいにインターホンが鳴る。

(誰だろう。宅配便か。せっかくゆっくり眠れていたのに。)

 ムッとしながらも身体を持ち上げた。そのままゆっくり歩き、ドアを開けた。

 そこには場違いな中世ヨーロッパ調の姿の女性が立っていた。薄い色合いのドレスを見にまとい、灰色の大きな瞳でこちらを見つめる。

 ぞっとしてそのまま言葉が出ない。

 その女性は乳母車を押していた。ベビーカーというしろものではなく、古い写真で見たことがあるようなものだ。

 乳母車の中に目をやると、そこには黒いマントに黒い服を着たガイコツがあった。

『い、いゃあぁ――――――』


 自分の悲鳴で目覚めた。
『夢?』
 由香里のいた場所は学園の屋上だった。手すりに腕を掛けた状態で目覚めたのだった。
『な、な、何でここに。』
 震えが止まらない。腕時計を見た。時間は夜中の12時を回っていた。確か9時頃まで仕事をしていたのを思い出した。
 いつの間にか眠っていたのだろう。眠ったまま屋上に上がっていたのだ。
『何で私がこんな目に合わないといけないの。』
 手すりから離れると座り込んだ。
『私が何をしたっていうの?もう、嫌、嫌、誰か助けてよ!』
 叫びながら泣いた。
 いつしか雨冷えた身体を打っていた。雨の中、由香里の悲鳴だけが響いていた。

『もう何も聞きたくなかったの。これ以上才津くんと話をしていたら、気が狂いそうだったわ。少しずつだけど、本当に少しずつだけど、世界に色がついているって感じてきたのに。真っ黒な場所から、色のない場所から抜けれるかもしれないって、思えてきたのに。才津くんは私の古い深い傷を、知らない間にさらに傷つけていたわ。そんなときだった。高橋優子さんが父に会いたいって訪ねてきたのは。』
 由香里さんは高橋優子を見た。
 みんなもそれにつられて、座り込んでいた彼女を見た。
 力なく座り込んでいる姿は年齢よりも上に見え、疲れきった顔で憔悴した姿だった。
 高橋優子は重い身体を動かし、頭を上げるのが精一杯の様子で顔を上げて由香里さんを見つめた。

『副理事長、高等部の三年に在籍している高橋大樹という生徒の母親が理事長を訪ねて来ていますが、いかがしますか?』
 受付の女性から連絡があった。理事長はその日あいにく不在であった。そのとき、そのまま帰って貰えば、悲劇は起こらなかったのかもしれない。
 昨夜もほとんど眠る事ができなかった由香里は少し面倒だと感じながらも、副理事長としての責任感から、『いいわ。私が用件を聞くわ。』そう答えてしまったのだ。

 噛み合ってはいけない歯車が噛み合おうとしていた。



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