『高橋優子は見つからないのか?万が一、自殺でもされたら、事件は迷宮入りだぞ。』

 吉武刑事は苛つきながら、電話を切った。高橋優子の行方がわからない今、再び永末さんの取り調べに力を入れることにしていた。大きくため息をつき、取調室に入る。

 永末さんの黙秘は変わらない。吉武刑事は椅子に腰かけ、その顔をじっと見つめる。真っ直ぐに目をそらさずに見つめる。

 永末さんもその態度に気付いて、真っ直ぐに見つめ返す。にらみあったまま二人は動かなかった。

『そろそろ話してもらえないかな。お前さんはどの事件にどう関わっているんだ。福田和音を突き落とした容疑者が姿を消したままだ。これじゃいつまで経っても事件は解決しない。』
 黙秘しつつも話に聞き入っている。再びにらみあう二人だった。お互いの目を見て、何かを判断しているようにも思われた。

 取調室に別の刑事が入ってきた。そっと吉武刑事に耳打ちをして二人で部屋を出ていく。
 その様子を永末さんはじっと見ていた。
『なんだって。ヤツには5年前の事件の日のアリバイがあるだと?』
 声を荒げた。
『工場の上司の自宅で、バーベキュー大会ですよ。写真も確認したそうです。日付は間違いなく事件の日です。その夜は天候が悪くなった為に、参加したほとんどの者が泊まっていたそうです。』
 吉武刑事を呼びにきた刑事が、福岡で調査していた刑事たちの報告を述べた。
 永末さんには5年前の事件の日には揺るぎない完璧なアリバイがあったのがわかったのだった。
『じゃあ、ヤツは何であんな手紙を?』
 進まない現状に苛ついた。近くにあったゴミ箱を蹴って、再び取調室に入った。苛つくと彼はゴミ箱を蹴るのが癖のようだ。

『永末晃。話してくれるよな。お前さんには5年前の日のアリバイがあるな。つまりあの事件に無関係だ。なぜあんな手紙を送った?』
 苛つくのをじっと我慢して、平常心のふりでゆっくりと話す。ここで彼に話してもらわないとますます解決が遅くなるのを実感していたのだ。
 永末さんはじっとその顔を見ていた。
 暫く目を見て難しい顔のままだったが、ふと瞳を天井にそらしてから、再び吉武刑事の顔を見て、重い口をやっと開いた。
『どこまで、調査は進んだのですか?』
 吉武刑事はやったという笑顔で、両手を机の上にどんと置き、
『話してくれるか。福田和音を突き落としたのは、5年前の事件の被害者岩永美咲の恋人だった高橋大樹の母親だ。さっきまで、お前さんとの共犯で5年前の事件を起こしたんじゃないかと思っていたよ。』
 そして、岩永美咲の妊娠が引き金で、高橋大樹の母親の実家の病室関係者が関わっているのではないか疑い調査をした事などを話した。
 話してはいけない部分もあったに違いないが、とにかく永末さんから情報を得ないとらちがあかないのがわかっていたのだ。
 話を聞いた永末さんは深くため息をついた。
『そうですか。私があの手紙を作ったのは、ひまわりちゃんたちが、なかなか事件の真相に辿り着けずに苦労していたからです。』
 長い黙秘から抜けた瞬間だった。

 永末さんは私たちが、5年前の調査をはじめたときから、私の事が心配でずっと見守ってくれていたそうだ。
 無茶をしないか、危険な事はしないか、そう案じてくれていたのだった。だから、上五島にも見つからないように後をつけていたそうだ。
 そして、和音の事件が起きてしまい、ますます暗礁に乗り上げてしまった私たちの姿を見て、何か手助けをする方法はないかと考えた結果があの手紙だったのだ。
 事件の犯人のふりをすれば、警察が動くんじゃないか、警察が動けば何か進展があるんじゃないか、それが永末さんの行き着いた結論だったのだ。
 勿論それは事件を撹乱させる犯罪だ。
 でもあえてそれをしてくれたのだ。なぜそこまでしてくれたのかは後になって解る事になる。

 それを聞いた吉武刑事は、頭を抱えた。
『そういう事か。あの娘たちを助けるためなのか。5年前にきちんと調査がされていればお前さんにこんな事をさせる事にはならなかったな。高橋優子の行方を探すよ。』
 そう言って、部屋を出ていった。


第六章 真実に向かって 完


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