お騒がせしました( ; ; )
結果的に、家に帰れました。
そして、水道橋からあざみ野まで歩きました


2010年の夏に、智子を筆頭に山手線を一周歩いた経験が活かされたと思います
でも、1人だとやっぱり苦しい、辛い、、溝の口を超えてから、寒さとまだ連絡のない、同じゼミの子の安否不明に怯えて、意識が遠のきました。実家の仙台に帰ってるみたいだから、ほんとに心配(/ _ ; )
4才の時、阪神淡路大震災が起きて神戸に居た私は、幼稚園でよく一緒におままごとをしていて、すっごく仲良かった『親友』が、地震で、、。
だから、『親友』とか『1番仲良い友達』が出来たら居なくなっちゃう怖さから、いままで親友ってものを作らないように、深入りしすぎないように、どこか友達を避けるような時があるんだけど、
それでも今日たくさんの人がメールや電話、Twitterの返信をくれました。
地震に対して他所の家族より敏感になってる両親ゆえに、早く家に着いて安心させてあげようと思う一心で、水道橋から家まで歩く発想に至ったがゆえに、みんなに心配かけて、ごめんなさい(´・_・`)
溝の口から意識薄れてぼーっとしてたら、優しいおじさんが次の駅まで一緒に行ってくれました。ホッとレモンも買ってくれたしね(/ _ ; )
経験から言うと、これからの余震の方が危ないから、本当に一週間くらい地震対策として水の確保など準備しておいてください!
既に亀裂が入ってるのに気づかない部分が余震で広がる可能性があるから、火の元なども気をつけてください!
今日、生まれる命もあれば失う命もある。自ら進んで断つ命もある。
人はみんな、生まれたときから死という目標に向かって生きてるようなものだけど、天災というどうしようもない大量無差別殺人が人々に及ぶ影響が出来る限り最少になるように、
地震災害を最少限に留めるための情報を伝えられるような仕事を将来したいです。4才の時、偶然生かしてもらったこの命を他に貢献できるように努めないと申し訳ない(´・_・`)
そして、多分、私が二度目の大きな地震も無事に乗り越えたのは、亡くなった大好きなおじいちゃんが守ってくれたんだと、勝手ながら思います。
みんな、気にかけてくれて、本当にありがとう(/ _ ; )


ありがとうございます!
ケラスターゼもありがとうございます
ごめんなさい。美味しいグラタンありがとう
※元彼じゃないよ?笑 服装も内面も外見もぜーんぶタイプ
笑

したり、激しい3日間でした