今日は、木曜二限ジャーナリズム演習Ⅱ受講者の皆と、先生に貰ったWBA世界ダブルタイトルマッチを観に有明コロシアムに行ってきましたアップ

ボクシングを生で観る

ということが初めての経験なのでワクワクしましたラブラブ先生の著書である『テンカウント』の内容とかさねて試合をみていました。

『ボクシングは紳士のスポーツ』

まさに死と隣り合わせというリスクを常に負うからこそ、伝わるものがある。

殴り合いの喧嘩の延長ではなく、まさにスポーツであると実感しました音譜


同じメンバーで29日にブラインドサッカーもしましたひらめき電球

ザックJAPANで熱くなってる今だからこそ、視覚を使わないでサッカーをするブラインドサッカーに目を向けることができて良い経験になった‼

聴覚を研ぎ澄ましながら、味方の指示を得て位置感覚、距離感覚をはかるのはとても難しいし、怖かったあせる

でも終わったら私たちは、あー怖かった!とアイマスクを外してゴールの位置や澄んだ空や友達の顔などを見ることができるけれど、盲目の方はその私たちにとって当たり前なことが生まれてからずっと出来ないんだと思うと胸が痛む(´・_・`)

『障害スポーツ』

この類の取材がもっと活性化して、健常者が障害スポーツを体験し、生まれながらに揃った身体への有り難みを知る機会が増えるといいな、と思いました(^^)音譜

大学でジャーナリズムをいくら学んでも完璧ではなく、そこから身を持って体験して出向くことを教えてくれた恩師に感謝です(=´∀`)人(´∀`=)アップ

そしてこのメンバーと一緒に、スポーツジャーナリズムを考えていけたらいいな、と思ってます(^^)ラブラブいい仲間だよ‼


3つのカク‼
書く
汗をかく
恥をかく

学生時代に、自分なりに様々な興味関心事を取材していきたい!!

まずは三月‼
NBAとアイスホッケー‼

それまでに下調べと使える英語力を身につけなくては(^^)目標があるとヤル気が出ますドキドキ

2011年、一ヶ月経過の心境でしたU^ェ^Uドキドキ

5年日記を始めて、twitterで呟いて、たまにmixiのボイスで発言する。ゆえにブログを書く意味、と早くもなってきましたが、何事も継続ということで、マイペースに続けます。たとえ読者が居なくとも地道に継続!U^ェ^U←合格


先週はテストが始まり、通年授業ゆえのまさに一年の総括で、教科書一冊が範囲の民報総則•物件法やら『中国のプレスの自由』の論述テストの国際報道論やらジャーナリズム理論etc...範囲の山ハリをせずに挑みました(´-`).。oO(爆弾

そんなテストとも明日、いや今日の一限で終わり、『嫉妬の荷女』、いや『嫉妬の二女』は卒業!そして、うぇるかむ私の春休みですU^ェ^Uクラッカー

そんな心ウキウキな春を前に、御殿場のアウトレットに行ってたくさんお買い物をし、準備満タンです目ラブラブ

何年かぶりのアウトレット、何ヶ月かぶりかの衝動買いは、まだ背負い込んでいる、去年の私の負荷を少しは減らしてくれたかなU^ェ^U?恋の矢

そうだといいなぁ、(´・_・`)アップ

なんだかんだ、まだ引き摺っています。発端が自分に在るだけに、パズルのピースをどこかに落としてきてしまったような、なんだか後ろを振り向いたり、あるいは来た道を戻ってどこに落として来たのかを探しに戻ったり、そんな気分でいるのですDASH!


それでいて、その気持ちを押し殺して強く在る意味も分からず、ただ月日を熟すだけにそろそろ終止符を打ちたい(´・_・`)ビックリマーク


twitterで色んな大学生の頑張りや取り組みを拝見し、元気をもらっています音譜

たまに写真もあるけれど、文字だけを見て笑ったり、心配したり、励ましたり、励まされたりできることをネット依存というならば、私はそうであって、非リアかもしれないけど、私のリア充は、非リアから派生している部分が少なからずあることを実感しましたあせる


最近、恋もしてないし、寝不足なのに、肌の調子が良くてルンルンしてますラブラブ

ルンルン出来ること、一つでも多く見つかりますよーにU^ェ^Uドキドキ




NiconのCOOLPIX S8100を買ったということで、東京散策したいラブラブ

アロマの香りとともにマッサージをしてノンストレスライフを送りたい音譜

塾の講師バイトがない日はお気に入りの香水で癒されたいドキドキ

とりあえず、磨きの時期です!アップ

『6年前に私、死んでたかもしれないの?』と思った10歳の私は、1995年の今日、被災しました。

忘れもしない揺れと、まだ寝静まった町に異様な低音が鳴り響き、床からドカンと突きあげられるような衝撃。

もちろん、4歳ながらに危険を感じた私は布団から起き上がり、逃げようと立ち上がったみたいで、でも起き上がることもできずに真っ暗なところで揺さぶられて、呆気にとられた顔をしていたと、両脇に寝てた両親から聞いた話です。

4歳までの記憶はなく、唯一あるのがこの被災体験。

毎年この日になると、本当に生き残ったんだな、と言葉にすると価値がなくなるこの形容しがたい思いを抱くのです。

亡くなった6,434名はどんな方々だったのだろう。

もしかしたら、社会に多大な影響を持つような新しいネットワークを構築したかもしれない人や、極悪犯罪人として死刑判決を下されたかもしれない人や、有名な俳優になったかもしれない人、オリンピック選手になったかもしれない人、難病を抱えてむしろ天災で死ねたことの方が安楽死で良かったと思う人、普通の一般人と結婚して普通の幸せを噛み締める人、

会ったことないけど、色んな人がいたんだろうな。

出会うべくして出会えない人がいたかもしれない。そう思うと、いま恵まれたネットや社会環境に置かれ、不自由なく居れることに感謝し、また積極的に出会って行かなきゃならない、そうすることが被災地で生き残った私の使命なのかと、大げさながら思います。

『チャラい』
この言葉を聞いて、現代の人はたいていマイナスの意味を連想する。もちろん常識の範囲を超した度を指す場合もあるけれど、私はそちらよりも、異性にも社交的に出会いを迫ることを高評価したいとむしろ思う。それは決して下心があるか否かを問うてるのではなく、出会うチャンスのあるなら積極的に異性であっても声をかけることを指していることもあると思います。

だから、外見や性格、国籍の違いを批判することがいかに無意味か、そういう自分との差異をなくすようにするために、私はわざわざ危機瀕するあの被災地へ住まわせたのかな、と深入りをして自分の体験を客観視し始めたのは、『11年前に私は死んでたかもしれないのかな?』と、思った15歳の時です。


家が傾き、ガス管も破裂し、悪臭が漂う中、食器棚からクラッカーのように飛び出して散らかったお皿の破片、テレビが何mか吹っ飛んでいたをただぼーっと見て、ガラスを踏まないようにと除けられたあの当時なら16年が経ついま、たくさんのことを思い、徐々に整理をつけて、この経験をむしろ将来につなげたいと思うのです。

日々、本当に偶然によって生かせられてるんだな、と実感します。

翌日、水疱瘡を発症して、おじいちゃんおばあちゃんお父さんお母さんが忙しい時に迷惑をかけるタイミングの悪さも、なんだか私らしいな、と幸せで安泰な環境にいるからこそ笑って言えます。

誰かの犠牲の上に自分の幸せが乗っかっていることを肝に命じて、生きてるからこそ味わう人との出会いを大切に、積極的にしていきたいと思うのです。


読んでいただき、ありがとうございました。読んで何かしら人の感性に良い影響を与えることができたら嬉しいです。ラブラブ





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