我が心焼く | 雪太郎の「万葉集」

雪太郎の「万葉集」

私なりの「万葉集」解釈
カレンダー写真は「鴻上 修」氏撮影

 冬こもり春の大野を焼く人は焼き足らぬかも我が心焼く

  巻7 1336 読み人知らず

 春に焼き畑をする人は野を焼くだけでは物足りないのでしょうか。私の心まで焼こうとしています。

 「譬喩(ひゆ)歌」で焼き畑をする人を恋する相手にたとえて詠んだ歌です。恋する相手を好きで好きでたまらない「せつなさ」が伝わってきます。

「冬こもり」は「春」の枕詞。大野は原野。「恋の焔(ほのお)」「燃えるような恋」「胸を焦がす」など恋心を「炎」に関連させて表現することがよくあります。家持が坂上大嬢(おおいらつめ)に贈った歌には「吾が胸截(た)ち焼く如し」という表現も見られます。「吾が情(こころ)を熾(や)く」というように「熾」という字が使われることもあります。

 万葉集には 巻13に 作者不明の

 我が心焼くも我れなり はしきやし君に恋ふるも我が心から

という歌もあります。「はしきやし」「はしけやし」は、いとおしいなあ・なつかしいなあなど愛惜・追慕・嘆息を表わします。 ※「はし」は(愛し)です

若草山山焼き」は、毎年1月の第4土曜日に開催される奈良の冬を彩る伝統行事で若草山山頂にある「鶯塚古墳」の霊魂の「鎮魂と慰霊」を目的とする「神事」で、病害虫駆除や灰を肥料にするための「焼き畑」とは性質が異なります。奈良の防災と世界の人々の平安を祈る意味も込められているそうです。

春日大社」の「大とんど」からもらい受けられた「御神火」が「金峯山寺(きんぷせんじ)」の「法螺衆」に先導された三社寺の僧侶など総勢40名の(時代行列風)な「聖火行列」により「野上神社」まで運ばれ「かがり火」に点火されます。続いて「興福寺」「東大寺」「金峯山寺」の僧侶による読経の中、山麓中央の「大かがり火」に点火されます。大かがり火から約300人の奈良市消防団の方々により松明に移された火が若草山各所から、広さ33ヘクタールの若草山(三笠山)に一斉に点火されます。(この時、600発の花火が打ち上げられます。麓ではピアノ、ヴァイオリン、篠笛、和太鼓などによる様々なスタイルの「奉納演奏」が行われます。