9月に入って、夕方にとんぼの姿をを見かけたり、夜遅くに鈴虫の音を聞いたりして、秋が近いことを感じていましたが、翌朝の陽射しがあまりに強く、まだまだ残暑は厳しいと思い知らされました 囧rz 



最近、勤め先でオートバイにリターンする人が現れました。それこそ80年代のバイクブームの時に乗っていて、それ以来という形です。


80年代は限定解除の取得が難関だったので400ccが中心で、誰もがレーサーレプリカに憧れました。



次は、2005年ごろをピークにまたバイクのブームがあって、この時は大型免許が教習所で取れるようになったので、リッターバイクが飛ぶように売れ、パワーウエイトレシオが1.0を切る国産スーパースポーツ、輸入車では高額なドカやハーレーが路上を賑わせていましたね。



コロナ禍の「密を避ける」新しい生活様式に端を発した最近のバイクブームは、幅広い排気量のオートバイが好まれている点が特徴のように感じます。


125ccで遠くまで出かけるツーリングが人気を博し、650ccクラスに色々なモデルがリリースされ、以前のような「排気量至上主義」は過去のセンスになりました。


自分が乗りたいと思うバイクを(人との比較ではなく)好きに楽しめる、良いカタチの人気の広がりだと思います。



70年代の後半から90年代のはじめを中心に数多くの作品を発表して、当時の人気作家の一人だった「片岡義男」さんの小説にも、様々な排気量のオートバイが登場します。

片岡さん自身が、排気量による区分けがない免許制度の時代の人だからでしょう、4気筒の「ナナハン」に偏らず、シングルやツインの中排気量車にもスポットを当てていて、隔たりのない平明な視線を二輪車へ送っていることが感じられます。



片岡さんの代表作のひとつである「彼のオートバイ 彼女の島」では、バイクが物語の重要な役割を担って描かれています。当時「ダブサン」と呼ばれたカワサキの650cc 直列2気筒車です。


ゆきたますの相棒である「Wハチ」は、ずっと後世に復刻版として、まずは650ccでリリースされたモデルで、今は800ccになりました。



片岡義男さんが、20代はじめの若い男女を軸にしたストーリーを構築するにあたり、主人公の男性にオートバイを与えるならば、女性には「島」を持たせるべきだと考えて、選んだのが瀬戸内海に浮かぶ、ぐるり10 kmほどの小さな「白石島」です。


長い間、その場所を訪れてみたいと思いながら、なかなか実現しませんでした。小説を初めて読んだ時から、もう40年あまり過ぎたでしょうか。



ふとしたきっかけで「片岡義男を旅する一冊」を手に入れて、片岡さんの世界とバイクの愛好家の方たちが、夏の白石島に集まるイベントが行われていると知り、思い切って参加させて頂きました。


グループの名前は「アップルサイダーズ」で、これも片岡作品のタイトルにちなんでいて、100人を超える会員の方がいます。




竹喬美術館から歩いて10分ほどの伏越港から、フェリーに乗って白石島まで小一時間ほど、窓の外には小島が連なり、瀬戸内らしい情景がゆっくりと過ぎていきます。


フェリーには、集まりに参加される、中部から来られたW650の方が乗船されていて、いろいろなお話を伺いました。



白石島の港にはグループの方が迎えに来てくださり、オートバイの方は先に、こちらは徒歩で宿へ向かいます。


海は穏やかで、波も静かに浜辺へ寄せてきます。日中の暑さは去り、外にいても快適な体感の気温になりました。



まもなく日暮れの時間帯になり、都会の喧騒とはまったく無縁、仕事の煩いをすっかり忘れられる雰囲気に心身ともに浸ります。


こうした本当の意味での「小島」を訪れるのは、初めてのことかも知れません。ここでもし暮らしていたなら、時間や時代に対する感覚は、まったく違うものになったことでしょうね。



久しぶりに「彼のオートバイ 彼女の島」を読んでみると、この歳になるとやや気恥ずかしい思いがするほど、若々しい物語ですね。


1977年発表、片岡義男さんが38歳の時の作品ですから、作家自身がまだまだ精神的な若さを保っている世代です。


トップガンはトム・クルーズが24歳の時の映画で、マーヴェリックは60歳の作品です。トム・クルーズ自身がその年齢だからこそ、あの続編になったのだろうなぁと感じます。


仮にトップガンがシリーズ作になり、今へ続いていたなら、マーヴェリックはまた違う筋書きになったのではないかと思っています。



小説の妙味は登場人物、とりわけ主人公の人生が物語のエンディングで「完結」することでしょう。読み手は現実の生活の中で、年齢を重ねていきます。作家もまた同じですね。


片岡さんの主要な作品の「その後」を、今のご本人の視点から創作して欲しいと願っているのですが、実現は難しいのでしょうね。


あるいは、当時の作品を今「再ノベライズ」する、そんなストーリーを読んでみたいとも思います。登場人物のキャラクターづけは、どんな風に変わるのでしょうか?




片岡義男さんの小説の際立った特徴は、カメラのファインダーを通して映像を見るような「描写」方法でしょう。登場人物の心の内に関する記述はほとんどありません。


また舞台になっている実在の場所についての描き込みが非常に具体的でありつつ、実際の地名には言及がなく、読み手に想像する楽しみを与えてくれています。そんなところも魅力のひとつでしょう。




片岡さんが作品を量産した80年代という時代背景を反映しているのが、物語に登場する女性が「男性の従属物」から「自立した個人」として描かれていることで、多数の女性ファンから支持された理由だと思います。


ひとりの女性を中心に男性ふたりという「三角関係」を扱った作品もしばしば見られますね。作家自身が興味を持って創作のパターンに取り入れているようです。



82年発表の「彼女が風に吹かれた場合」のように、タイトルの付け方も片岡作品の特徴です。それまでの小説に見られる題名とは大きく異なり、非常に新鮮な印象を受けました。今、そのタイトルを聞いても古びた感じはありません。


この小説のあとがきで、片岡さんは「長い間 And he drove a wayという言葉が気になっていた」と述べています。ラストシーンで、彼がクルマを運転して走り去ったとしたら「それまでにはたいへんな物語があったはずだ」と考えた作家が構築したストーリーが描き込まれています。


ひとりの男性に女性ふたり、という片岡さんにはめずらしい人物配置の筋立てで、無責任なファンとしては、この小説などは続編の出版を期待していたのですけれど、主人公が再びクルマを運転して走り去る前に「たいへんな物語」をもうひとつ創作するのは、きっと作家にとって骨の折れる仕事でしょうね www 



さて、笠岡駅に近い吉岡港へ帰る高速艇が「彼女の島」へやってきました。夏の朝に相応しい強い日差しが照りつけています。


他の乗客は、国際交流館に宿泊したらしい欧米人のカップルのみ、静かな時間が流れていきます。


山陽本線で岡山の駅に戻ったら、都会の喧騒と猥雑に引き戻されるのでしょうね。せめてそれまでの間、在来線で鉄道旅行の気分を味わいましょう。




[カバー写真] 


今回のイベント「大人の夏休み」への参加を快く受け入れてくださった「アップルサイダーズ」の皆さまに感謝を申し上げたいと思います。


年齢を重ねて「円熟」した人柄の方たちの集まりで、本当に楽しい夏休みを過ごすことができました。来年はWハチで参加できるように計画したいと思います。



物語の主人公「ミーヨ」の父親は、白石島の石切場で働いている設定になっています。


今に残る各地の城の石垣には、瀬戸内の島から運ばれた巨石が使われているものも少なくありません。たどってみれば、こうした場所に由来があるのでしょうね。