かつて黒岩重吾さんという在阪のミステリー作家が、別流の作品群として、飛鳥、奈良時代を舞台にした古代史小説を書いていました。蘇我氏や聖徳太子などの姿を活写しています。
住吉大社を訪れた時、古い記憶の中から、ふとそのことを思い出しました。懐かしい話です。
住吉の浜は、その昔、遣唐使を送り出した場所としても知られています。
その当時、東シナ海を渡る船旅は、非常な危険を伴うものだったと思います。どのぐらいの割合で、無事に往復できたのでしょうか。
遣唐使として海を渡った公卿のひとりで、奈良の東大寺に盧舎那仏を建立することに情熱を傾けた政治家、吉備真備などは、仏教という新しい宗教を広め、世を治める使命感に満ち満ちていたようです。
宗教が「生活規範」のような意味合いになった現代人の感覚からは、想像もできない話だと思います。
住吉さんは「海の神様」ですので、海運に携わる人々が航海の安全を祈願するために、お参りしたのですね。今では、航空業に関わる人たちも、空の安全を祈願して手を合わせるそうです。
航空機建造の一端に身を置くゆきたますにとっても、足を運ぶべき場所だったのですね。
住吉大社には「初辰さん (はったつさん)」というお詣りの仕来たりがあって、大阪らしく「商売発達」を祈願します。初辰と発達を掛けているのですね。
毎月、辰の日に四つの末社を順にお詣りして、招福猫を授かり集めていきます。
商売繁盛は、偶数月にお詣りして、右手を上げた招き猫を集めて、小猫を48体集めて中猫へ交換、そして中猫2体と小猫48体で大猫に交換すると満願です。
奇数月は左手を上げた招き猫を授かり、こちらは家内安全の祈願します。
いずれも満願まで集めるには、気が遠くなるような時間が掛かりかますね (^o^;A
住吉大社は創建が「兎年、兎月、兎日」であったことから、神の使い「神兎」として、大切にしている由。
この翡翠のうさぎさん、五体を撫でて、無病息災を祈念すると良いそうです。
この住吉さんにお参りしたのは、ひと月ほど前で、ちょうど大相撲の春場所が開催されていた時期で、神社の周りに立浪部屋と豊昇龍関ののぼりが並んでいました。
大阪での稽古部屋が、きっとこの辺りにあるのですね。あるいは優勝祈願かも知れません (だとすると、願いは聞き入れられませんでしたね www)
五所御前の囲いの内側に、たくさんの小石が敷いてありまして、その中に「五」と「大」と「力」と書かれた粒が含まれています。その三つを揃えて祈願すると,願いが叶うというものです。
成就したら、今度は自分で「五」「大」「力」と書いた石を用意して、囲いの内側に撒き、御礼参りをすることになっています。
白浜の砂のように敷かれた小石の中から,三つを探し当てるのは大変かと思いましたが,割り合い早く揃いまして、他にもたくさんの参拝客が見つけていました。
平凡ですけれど、厄除けと鉄馬安全をお願いしました www
[カバー写真]
袋には、様々な色がありましたが、神仏の世界では高貴とされる「紫」にしました。
(附記)
住吉大社には、門前町としての「粉浜商店街」があります。昭和の雰囲気を濃厚に感じられる、アーケードの掛かった通りです。
その少し手前にあるのが、昭和10年開業、4代90年にわたり、住吉さんで営業を続ける洋食屋「やろく」さんです。
(上下の白枠写真は、お店のHPから拝借しました。多謝)
写真のお料理は、人気メニューの「やろく盛り合わせ」で、こちらの目玉商品である「玉子コロッケ」と、ビーフカツのコンボです。いかにも懐かしい味わいがします (^_^)b
この「玉子コロッケ」は、すぐ近くの南海線ガード下に販売店を設けていて、そこで家庭食用の購入ができます (店内用も家庭用も「売切れ御免」なので要注意です)
開店前にお客さんが並んでいまして、お店の方が名前の聞き取りをしてくれます。時間になったら、3-4組ずつ店内に案内され、そのお客さんたちが席につき注文を聞いてから、次の3-4組をまた入店させる方式で、落ち着いて整然と差配してくれます (店内は十分に席があるので、一巡目でかなりの人が入れます)
週末には多くのお客さんが訪れる人気店ですけれど、店員さんはみなさん、配慮の行き届いた応接で、マニュアル対応とは一線を画しています。
近所のお年寄りも利用されているようです。きっと、昔からの「常連さん」なのでしょうね。子どもの頃から通っている、というコトなのカモ知れませんね www
こんなお店が、これからも長く続いて欲しいものです。
(この「やろく」さんにも、初辰さんの招福猫が飾ってありました)













