たすけて、たすけて、たすけて。
ゆめをみる。
いつもいつも、まぶたをとじるとおもいだす。
あかいほのお、ひめいとわらいごえ、なにかがくずれるおと。
たすけて、たすけて、たすけて。
きぼうなんてなかった、だれもたすけてはくれなかった。
かなしいきもちばかりがわきたった。
だれにも、あんなことになっていいりゆうなんてなかったのに。
たすけて、たすけて、たすけて。
やめてっていったけど、やめてはくれなかった。
にげようとするこどもたちも、ていこうしたみんなも、きえていった。
どうして、なんでってかんがえても、こたえなんてでなかった。
たすけて、たすけて、たすけて。
せかいのどこかにひーろーといわれるそんざいはいるのだとおもう。
そうじゃなかったらえほんにかかれたりなんてしないはずだから。
ただ、いまこのときにまにあってはくれなかったというだけで。
たすけて、たすけて、たすけて。
なんどもなんども、あたまのなかでひびいてる。
おこるこえ、かなしむこえ、たすけをもとめるこえ。
もう、そのこえがじっさいにきこえることはないのに、きこえてる。
たすけて、たすけて、たすけて。
みんなにためにできることをしないとって、おもった。
みんなをまもれるとくべつなそんざいに、せいぎのひーろーにならないとって、ずっとまえから。
ぼくには、ぱーとなーといえるあいてなんていないし、せかいをすくうなんてたいやくがにあうようなやつだとはおもえないけれど。
おこられることからも、きらわれることからも、いたいことからもにげたいとおもってしまう、ただのおくびょうなこどもでしかないけれど。
それでも、とくべつにならないと。
とくべつなだれかになって、みんなのやくにたたないと。
たすけて、たすけて、たすけて。
ぼくは、よわくちゃいけない。
つよくないと、みんなにみとめられない。
だって、ぼくは■■■だから。
■■■のぼくをみんながすきになってくれるためには、なるしかない。
たすけて、たすけて、たすけて。
こわくない、いたくない、ふるえてなんていけない。
こわいこともいたいことも、もうなれてるんだ。
たちむかわないと、このてでみんなをたすけてみせないと。
たすけて、たすけて、たすけて。
ておくれだってことぐらい、もうわかってる。
これはわるいゆめ、いつかのできごとをぼくがかってにおもいかえしているだけ。
けっきょく、あのときもぼくはなにもできずに、たおれていた。
たすけて、たすけて、たすけて。
それからのことを、ぜんぶおぼえているわけではないけど。
だれかがたすけてくれた、ということだけはわかってる。
ひーろーはいる、まにあわないときがあるだけで、ぜったいにいる。
そのことを、ぼくはしっている。
たすけて、たすけて、たすけて。
だからがんばらないと。
やっと、ぼくにもにんげんのぱーとなーができたんだから。
ちょっと、いやかなり、すごく、しょうじき、おもってたのとはちがったけど。
いっしょにすごして、いろいろとはなしもして、そうだったらいいなって、いまならおもえるから。
にんげんのことはよくしらないけど、すくなくともゆうきはとてもやさしいとおもう。
それこそ、ぼくがえほんでよんだものがたりにでてくるものと、そっくりだとおもえなくもないぐらいには。
たすけて、たすけて、たすけて。
きらわれたくないなぁ、とこころのそこからおもう。
こんどこそ、まちがえないようにしないと。
こわがったらだめだ、いたがったらだめだ、ないたらだめだ、ぼくの■■■なところをみせたらだめだ。
えほんにでてくるひーろーみたいに、りっぱにならないと。
つよくて、りっぱなぼくでいるから、おねがいだから。
ぼくのことを、きらわないで。
「……っ……」
ふとして目が覚めてしまう。
外はまだ真っ暗で、誰もが眠って静かなままだ。
すぐ隣には、同居して今は眠っているギルモン――ユウキが一人だけ。
(……いつも、こうだよ……)
最近はあまり見なかった夢だった。
見たいとは思わないのに、見てしまう呪いのような夢。
幸せな気持ちでいる時も、嫌な気持ちでいる時も、眠るといつも同じ景色を見る。
疲れを癒すためにも、迷惑をかけないためにも、眠らないといけないということは解っているけれど。
いつもいつも、見たくも無い悪夢に夜な夜な起こされる。
あんなものをわざわざ見せられなくても、忘れることなんてありえないのに、しつこくしつこく。
(……せっかく、どちらかと言えば良い気分でいたのに……)
幸いにも、隣で寝ているユウキに起きる兆しは無い。
このまま静かに、横になって、眠ってしまえば誰にも迷惑はかけない。
明日も……というか今日も、ギルド所属のチームの一員――ベアモンのアルスとしての活動があるのだから、ちゃんと疲れは癒しておかないといけない。
僕が、みんなの足を引っ張るなんてことはしてはいけないし、したくない。
もうすっかり眠くなくなってても、眠らないと。
(……朝、辛いなぁ……)
そう思って、蹲って、まぶたを閉じ続ける。
暗闇の支配する夜の時間は、僕には不思議と長く感じられていて。
眠ろうという意識とは正反対に、意識がやけにハッキリとしてしまっていた。
◆ ◆ ◆ ◆
変わり者の、自分のことをニンゲンだと言うギルモンことコーエン・ユウキを町に連れ帰って、チームとして一緒に活動するようになってから、早いものでもう二週間ほどの時間が経った。
最初は何もかもがぎこちない、進化した時以外は足を引っ張ることのほうが多かったアイツも、チームとしての活動――というか『ギルド』からの依頼をこなしていく内に随分とマシになってきている。
元がニンゲンだったって話についても未だに疑う余地を残してこそいるが、まぁそんなことで嘘を吐いて何かしら得をするとも思えないし、少なくとも嘘を吐いているわけではないと俺も思う。
多分だがお人好しのベアモンも同じ考えだろう。
むしろ、疑うべきはアイツと一緒に行動するようになってから、以前にも増して狂暴化したデジモン達と遭遇するようになったという点だ。
ユウキが何かをしたわけでも無いのに、まるでアイツの存在に引き付けられるように、何度も何度も厄介事が滑り込んできやがる。
依頼を受けて外出する度に、一体ならまだしも複数体遭遇することさえあるそれを、俺は偶然だと思えない。
ニンゲンという存在のことについては詳しく知らないが、少なくともデジモンを狂暴化させる力を持っているなんて話に覚えは無いし、現実的に考えるならユウキに原因があるわけでは無いんだろう。
とはいえ、謎は残る。
仮にデジモンを狂暴化させることが出来る『誰か』がいるとして、そいつがユウキやベアモン、そして俺に狂暴化デジモンをけしかける理由はなんなのか。
殺すつもりだというのならもっと数多くのデジモンを狂暴化させて襲わせれば確実だろうに、遭遇する狂暴化デジモンは大抵決まって一体から三体までの成熟期の個体。
いやまぁ、進化出来なかったら普通に死ぬやつだし、実際に以前死にかけた時もあったわけだが。
それでも俺は、意図を感じずにはいられない。
これじゃあ、殺させる事が目的なのではなく、戦わせることそのもの――戦いによって生じる成長そのものが目的みたいだ。
事実、度重なる戦いによってユウキは着実に強くなっている。
いろいろ不安定ではあるが、進化の力も短時間なら発揮出来るようになりつつあるし、出会った頃の貧弱っぷりは何処へやらといった調子だ。
プライドの話として認めたくはないが、頼りには出来るようになっている。
あぁ。
恐らくこの成長を意図した野朗からすれば余分なことだろうが、当然戦いに巻き込まれてる俺やベアモンも成長はしている。
今では短時間なら成熟期の姿に自分の意思で進化出来るようになっているし、もしかしたらそのうち成熟期の姿が一時的なものではなくなって、完全な意味でエレキモンからコカトリモンへと進化の階段を登ることになるのかもしれない。
もちろん、それはベアモンやユウキにも当てはまる事になる話だ。
どんな経緯があれデジモンである以上、いつまでも進化しないままではいられない。
成長と進化は一方通行、望む形であれ望まない形であれ、それを止めることは基本できない。
俺はエレキモンではなくなり、ベアモンはグリズモンになる。
唯一、元はニンゲンだったというユウキの行き先が気にかかるところではあるが、進化が出来るという時点で例外だとは思えない。
戦い続けていけば、いつかグラウモンとしての姿が当たり前になるはずだ。
尤も、デジモンとしての姿はあいつにとって本来の姿ではないんだろう。
進化した先の姿が当たり前になることを、あいつはどんな風に想っているのか。
よりニンゲンの体に戻れなくなりつつある、なんて風に悪く考えてしまってるんだろうか。
ニンゲンの世界に戻りたいと願っていたり、デジモンになっていた事に対してショックを受けていた辺り、デジモンとして進化していくことに良く思えているとは考えにくいが、実際どうなんだか。
デジモンである俺には、ニンゲンの価値観なんてわからない。
そうじゃないと生きていられない、というのなら理解も出来るが、ニンゲンの姿だろうがデジモンの姿だろうが生きていくのに不都合無い状態でいられるのなら、どっちの姿でも大差は無いんじゃないかと思う。
仮に、ニンゲンという存在がデジモンよりも弱っちぃ体をしているとしたら、尚の事。
ニンゲンだろうがデジモンだろうが、弱ければ簡単に死んでしまうんだから、強くなって死ににくくなるのならそれに越したことは無いはずだ。
それでもニンゲンの姿と世界に固執するのなら、あいつにとってそれ等はただ生きていく事以上に大事なことを含むものである、ということになる、のか。
まったく。
狂暴化デジモンのことにしろユウキのことにしろ、何もかもわからない事だらけだ。
ただ一つ解る事があるとすれば、俺たちは想像以上に面倒臭い事に巻き込まれている、ということぐらい。
こちとらまだ成長期の身の上なんだから、もう少しぐらい物事は簡単にしてくれないもんだろうか。
(ま、やるしか無いならやるだけだが)
そんなこんなで。
今朝もまたいつも通り、俺ことエレキモンはベアモンとユウキの住まいに向かう。
発芽の町の朝は早いもので、畑仕事だの行商の荷運びだの、元気に活動しているデジモン達の姿が多く見られる。
基本的にのどかな町だが、自分の仕事を持つやつに限ってはいつも朝は忙しげだ。
まぁ、今となっては俺達もその枠組みに入っている身の上なわけだが。
ぶらぶらと町の様子に目を見やりながらベアモン達の住まいに向かっていると、道中に声がかかる。
「おぉ、エレキモン。おはようさんだな」
「ん、ギリードゥモンのおっさん」
森林の景色に擬態するカモフラージュ用の衣装に身を包んだ完全体デジモンことギリードゥモン。
こいつは手先が器用なやつで、そこいらで集めた素材を用いて作った小道具や香などを、余所で商いとして売り捌いているデジモンだ。
戦い――というか、狩猟の話になるとその背に携えた武器で標的を確実にしとめる、高い技量の持ち主でもある。
究極体に進化出来るとも噂される長老のジュレイモン、そしてギルドのリーダーを勤めるレオモンことリュオンと並んで、この町で実力者と称されるデジモンの一体。
仕事では確か、モーリモという個体名を用いていたっけか。
売り物を載せていると思わしき屋根付きの荷車を引き摺る足をわざわざ止めたおっさんに対し、俺は適当な調子で言葉を返す。
「おっさんはこれから出発か?」
「そうだなー。最近はいろいろ物騒だが、出来ることはしっかりやっとかんと。お前さんは友達のベアモンとギルモンとでギルド仕事か?」
「ギルド仕事はそうだけど別にあいつ等とは友達なんて間柄じゃねぇよおっさん」
「そうなのか? あんないつも仲良くしてるのになぁ。素直じゃないのは得しないぞお?」
「うっせぇやい、別に俺はいつだって素直だっつの」
「ん~。まぁ、険悪になってないんならいいんだが。お前達はまだちょっとだけ成熟期になれるようになっただけなんだから、お互いに力を合わせてくことを意識しないと駄目だ。ケンカはほどほどにな?」
「ケンカも別にしてねぇってば。理由もねぇし」
「そうか~?」
これもまた、いつもの事ではあるのだが。
ギリードゥモンのおっさんは、俺やベアモンみたいな成長期のデジモンによく世話を焼くやつでもあり。
毎度毎度、生き残るための知恵や、近辺地域の情報を教えてくれたりもしている。
食料を安全に確保出来る場所――ユウキのやつを釣り上げたあの砂浜――を最初に俺やベアモンに教えてくれたのも、ギリードゥモンのおっさんだった。
言い換えれば、それほどの知識を有するデジモンでもあるということ。
少しだけ鬱陶しいのがたまに傷ってやつだが、その知識は参考に値するものだ。
「……というか、おっさんこそ大丈夫なのか? 最近物騒って、おっさんだって他人事じゃないんだが」
「急がば回れという名台詞に従えば大丈夫だったさ」
「狂暴化したデジモンに襲われたりはしてないってことか?」
「鼻がイイやつにはたまにバレるが、まぁ大事にはならんようにしてるさ。基本的には一度寝かしたりくたびれさせれば落ち着くやつ等だからなぁ」
「あぁ、そういえば俺達が戦ったのも大体そんな感じだったっけ……」
ギリードゥモンの言う通り、狂暴化したデジモン達は一度気絶させたり戦う力を削いでやると元の平静さを取り戻す傾向にあった。
相手が野生化デジモンであるため詳しい聞き取りはあまり出来なかったが、おそらく何かしらの原因で沸きたてられた衝動を発散し終えられたからだろうとギルドのリーダーのレオモンやミケモンは推測していた。
本当のところはどうなのかわからないが、殺さずに済ませられるのならそれに越したことは無いから、俺もそれ以上の疑問は挟まないことにしている。
今のところは、だが。
「……んじゃ、オレっちはそろそろ行くとするよ。お前達も無理はしないようにな」
「少なくとも俺は堅実なタイプだしアイツ等と一緒にされたら困るんだってば」
「ヤケクソになって頭突きとかしてる内は堅実とは言えないぞ~」
「いくらなんでもヤケクソにまではなったことねぇよ」
言うだけ言って、ギリードゥモンは荷車を引きながら町の外に向かっていく。
レオモンとミケモンの中間ぐらいの体躯しか無いのに、大量の売り物を載せた荷車を軽々と引いているところを見ていると、つくづく体の大きさなんて基準にならないことを思い知らされる。
成熟期に進化したら、必然的に今度はあのおっさんや長老のジュレイモンと同じ領域を目指すことになるんだが、果たしてそれはいつになることやら。
そして、進化するとして俺はコカトリモンから、ベアモンはグリズモンから、ユウキはグラウモンから――いったいどんなデジモンに進化することになるのか。
基本的に、どんなデジモンであれ自分が進化する先を決めることは出来ない。
順当に考えれば俺はより強い鳥のデジモンに、ベアモンはより強い獣のデジモンに、ユウキはより強い竜のデジモンに進化すると考えられはするが。
そんな前提なんて、アテにはならない。
獣のデジモンだったやつが何の前触れも無く竜のデジモンに進化する、なんてこともデジモンの進化にはよくある話なんだから。
なりたい自分になれる、なんてのは夢物語に過ぎない。
現に俺自身、別にコカトリモンに進化したいなんて特に思ってはいなかったのに、コカトリモンに進化してしまったわけだし。
ぶっちゃけ同じ鳥のデジモンでも、せめて空を飛べるやつに進化したかったというか。
バードラモンとかアクィラモンとかシーチューモンとか、そういうのが良かったというか。
ガルルモンに襲われてたあの状況で空を飛べたところでどうにかなってた未来は想像できねぇけど、なんというかまぁ、微妙なのに進化しちまったなぁというか。
空を飛べないならもっとこう、何か無かったのかというか。
俺にだって選り好みぐらいあるし、ハヌモンとかバルクモンとか、そういうのが良かったというか。
ベアモンとユウキが順当に強くなった姿に進化出来てる中で、俺だけ飛べない鳥ってどうなんだっていうか。
(電気も使えなくなってるしなぁ……)
いくら戦いまくってるとはいえ、まだまだ先の話だとは思うが。
完全体に進化する時は、せめてもっとマシなのに進化したいなと切に願う。
そんな風に思いながら、ベアモンの家の前に辿り着いた俺の目に飛び込んできた光景はと言えば、
「――うぅ~ぐ~……」
「――!! ――!!」
何やらうなされた様子のベアモンが、ユウキの首に両腕を回して思いっきり抱きついている光景であった。
当然ユウキは窒息しかかって何かを訴えるように床をバンバンと叩いているが、寝ぼすけのベアモンに起きる兆しは見えない。
そして、俺の存在に気付いたユウキが床を叩いていた右前足をこっちに向けてくる。
その視線はこう語っているように見えた。
(エレキモーン!! 頼むからベアモンのやつを起こしてやってくれえええええ!! 死ぬ、これマジで死ぬーっ!!)
まぁ、なんだ。
戦いの時はたまに頼りになるのにそれ以外の時にはとことん頼りにならないやつだなぁとつくづく思う。
仕方がない。
もはや定番になりつつあるが、いつものやり方で馬鹿共を起こしてやるとしますか。
◆ ◆ ◆ ◆
直後に、空気の弾ける音と悲鳴が響く。
チーム・チャレンジャーズの朝はいつも騒がしい。
◆ ◆ ◆ ◆
知らぬ間にギルモンになってデジタルワールドにやってきて、はや二週間。
未だにわからない事だらけで、ほぼ毎日のように働き詰めになっているが、ベアモンやエレキモン、そして優しい村の住民たちの援助もあってどうにか生きられている。
思い返してみても、こうして生存出来ていること自体が奇跡のようにしか思えない。
経緯は知らないが、ベアモンに釣り上げられるまで俺は海の中を漂流していたらしいし、デジモンになって二日目の時には野生のフライモンに襲われて、三日目にはモノクロモンにウッドモンにガルルモン……と、成長期のデジモンとして存在している俺じゃあとても太刀打ち出来そうに無い格上の相手ばかり強いられていた。
ベアモンとエレキモンの二人とチーム『チャレンジャーズ』を結成することになってからも、身に及ぶ危険の度合いが変わることは無く、ほぼ毎日のように格上のデジモンと戦う羽目になっている。
そんなことばかりだったから、気付けば進化だって出来るようになっていた。
初めての時――フライモンに襲われた時――には意識なんて無かったし、今だってどこか頭の中がボーッとして何を考えてるのかわからなくなる時があるけど、それでもベアモンやエレキモンとみんなで無事に生き残るために必要な力であることぐらい、俺も解ってる。
俺はどうして、よりにもよってギルモンになったのか。
アグモンとかブイモンとか、他にもいろいろデジモンの種族はあるだろうに、どうしてよりにもよってこの種族なのか。
俺を拉致したのだろう青コートが望んだからこうなったのだろうか――まさか俺がギルモンというデジモンのことを好いていたからこうなったわけでもあるまいし。
不思議な感覚だった。
デジモンという存在について、俺は少なくともフィクションの話としては凄く好きなものだ。
特にギルモンの進化系、その到達点の一つであるネットワークの最高位『ロイヤルナイツ』所属するデュークモンって種族については、ゲームでもよく育てたり愛用したりしていた。
だけど、実際になってみて喜びがあるかと考えてみると、複雑な気持ちになった。
好きだからこそ、同時に知っているんだ。
ギルモンにグラウモン、ひいてはデュークモンも含めてその進化の系譜に該当されるデジモン達には、デジタルハザードという刻印がきざまれていて、それは世界から「お前は危険だ」と宣告されている証に他ならないと。
フィクションの話であれば、あるいはそれも調味料の一種として魅力的に受け取れただろう。
そんな危険性を宿しながらも世界を守る側に立っているからこそ、デュークモンという種族が大好きになったのだと言えなくも無いんだから。
だが、これは今の俺にとってリアルの話だ。
場合によっては身近な存在の安否に直結する、まず魅力的には受け取れない話だ。
もし、自分のせいでベアモンやエレキモンが、町のいいデジモン達が取り返しのつかないことになってしまったらと思うと、怖くて怖くて仕方がない。
このまま進化していったら、自分はどうなるんだろう。
アニメの主人公とそのパートナーのように、デュークモンに進化出来るのか。
それとも、そうじゃない方に進化してしまうのか。
別に、どちらの進化が正しいだとか間違ってるだとか、そんなくだらない議論に付き合う気は無いし、どっちも力の使い方次第だろと言えはするけれど。
それでも、怖いという気持ちは無くならない。
好きなものになれた嬉しさが微塵も無いわけではないが、それ以上に俺の心は不安ばかりだ。
現実世界では今どうなっているのか。
アニメのようにデジタルワールドと現実世界の間に経過時間の違いがあるのなら、現実世界ではどれだけの時間が経ってしまっているのか。
雑賀や好夢ちゃん、母さん達は無事なのか。
デジタルワールドで行動することになって、早2週間ちょい。
結局、俺がデジモンになった理由も、デジタルワールドにやって来てしまう羽目になった詳しい経緯も何もかも、わからないことだらけのまま、いつも通りとさえ呼べるようになりつつある朝を迎えることになる。
「で」
「……う……」
時刻は早朝、場所は発芽の町と呼ばれる町にあるベアモンの家の中。
考えるべきことは山積みだが、それはそれとして居候の俺にとっての家主でありチームメンバーである(反省を示すように正座している)ベアモンに向けて、俺は両腕を組みながらこう言った。
「ベアモン、とりあえず離れて寝るようにしないか? 俺頑張って地べたでも寝てみせるからさ」
「うわー待ってー!! 僕が悪かったのは重々わかっているし反省もしているからそんな遠回しな『嫌いになりました』宣言はやめてー!!!!!」
「嫌いにはなってないよ。ただ熊の腕力で首を責められると人死にが出るというだけの話だよ」
「ごべんなざいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!! ユウキを硬い地面の上に寝かすなんてそんなことさせたくないよせっかく家の中だってこうして色々と整えたりもしたのにー!!」
「ちなみに俺を抱き枕にしやがった感想は?」
「そういう意図も意識も無かったけどそれはそれとして幸せ!!」
「そうか。エレキモン、今日からお前の家で寝させてもらっていいか?」
「俺に迷惑かけないなら別にいいが」
「ヴぁー!?」
よくわからんが危機感を覚えたらしいベアモンから(何かえぐい)悲鳴が漏れる。
出会ってから今に至るまでで初めて見たと思うマジの涙目の表情に、流石に罪悪感が湧き出てきたので、珍しい機会にはなったがベアモンいじりはここまでにしておくことにした。
が、それはそれとして。
「あのなぁ、いったいどんな夢を見てたんだよ。オバケが出る夢でも見たのか?」
「ちーがーうーよー!! そもそも僕は別にオバケとか平気だしー!! 出会ったとしてもこの拳で一発だしー!!」
「じゃあ何見たんだよ。いくらなんでもあの腕の力は寝返りにしちゃ度を越してると思うし、よっぽど酷いの見たと思ってるんだが」
「ユ、ユウキには関係無いじゃないか……」
「いやチームなんだから関係大有りだろ。そもそも俺はお前の寝返りで窒息しかけてんだからな!?」
「うぐっ、それは……そうだけど……」
問い詰められて、何かを隠すように口ごもるベアモン。
やがて彼は右手で即頭部をくしゃくしゃと掻きながら、こんな回答をした。
「……あぁもうっ、フライモンに刺された時の夢を見てたんだよ。あの毒かなり苦しかったからさ……」
「うぐあっ」
「いやお前がダメージ受けてどうすんだよユウキ」
予想外ながら、しかし言われてみて悪夢の最悪っぷりとしては納得の出来る内容に思わず俺は胸を痛ませた。
そもそもの話としてベアモンがフライモンの毒針で刺されることになってしまった原因は俺にあるし、結果として俺自身が進化したことによって無事に生還出来たとはいえ、それはそれとして痛みの記憶が抜け落ちたわけではないのだ。
そりゃあ、その時の痛みを夢の中でとはいえ掘り起こされてしまったのなら、今回のような寝返りを打ってしまうのも仕方のないことだろう。
少なくとも俺はそう思い、ベアモンの言葉に納得した上でこう返した。
「……その、ごめんな。重ね重ね、あの時は……」
「――ぁ、いや、大丈夫だって。アレは僕が勝手にやったことだから……」
「もう足は引っ張らない。あの時みたいな間抜けは晒さないから。またアイツが襲ってきた時は、また俺が倒してやるからな」
「……う、うん。頼もしいね……ははは……」
俺の言葉に、ベアモンは苦笑いしていた。
解ってはいた。
まだまだ俺はベアモンやエレキモンほど、上手に戦えているわけではない。
進化出来るようになっているとはいえ、未熟者であることに変わりは無い俺の言葉に、信憑性なんてあるわけがないんだ。
もちろん、嘘を言ったつもりも無いが。
そんなことを考えていると、ふとしてエレキモンが退屈げにこんな事を言い出した。
「……ユウキ、ベアモンも、とりあえず朝飯食べないか? お前ら絶対まだ何も食べてないだろ」
「「あ」」
言われてみれば、だった。
寝返りの一件があまりにも問題だったからそれを最優先にしていたが、そもそも今の俺達は『ギルド』に所属するチームであり、朝はさっさと拠点である建物の方へ向かって依頼を受けなければならない。
働かざるもの食うべからず、という言葉があるように、この町では食料は働きの報酬として受け取るか、あるいは仕事で稼いだ通貨で購入するか、それが出来ないのなら町の外で直接確保するのが基本とのことだった。
まぁ、言われているわりには頻繁に、町の住民は食料をおすそ分けしてくれる事もあって、飢え死ぬような状況に追い込まれることはまず無いらしいのだが――厚意だけをアテに生活するのは流石にどうかと思うわけで、ベアモンもエレキモンも俺も真面目に働いているわけだ。
ここ最近の襲撃されっぷりを考えると、農作業とか手伝って稼いだほうがもっと安全だとは思うのだが、俺が人間に戻って現実世界にも帰れるようになるためには、デジタルワールドの色んな場所を巡ってみる必要があるのも変わらぬ事実であるわけで。
そして、それが危険だと解っている以上、活力はしっかり養っておく必要があるわけだ。
「悪い、ちょっと軽く作るから待っててくれるか?」
「わーい!! ユウキの料理おいしいから大好きー!! 手間掛かるけどー!!」
「そりゃ生魚をダイレクトに食うのと手間を比べられたらな」
相次ぐ襲撃、苦労の連続にうんざりしてはいるし、俺自身のことについて進歩らしい進歩は殆ど無いけれど。
生活の一点に限っては、明確に進歩したことがある。
「というか、俺からすればフライパンとかの器具があんな格安な事実に驚きだよ。デジモンって料理しないのか?」
「それを仕事や趣味にしてるやつならしてると思うけど、フクザツだし素のままでもお腹は膨れるからねー。そもそも火を使うのが危ないわけだし」
「……つーか、ニンゲンってそんな手間かけないとメシにもありつけないんだな。不便なこった」
「別に何でもかんでも料理しないと無理ってわけじゃないけどな。リンゴとかの果実ならナマでもイケるし」
あくまでもベアモンの家の備えという位置付けではあるが、依頼で向かった先の地域で料理道具を入手することに成功した。
流石にガスコンロや電子レンジなどは売られているわけもなく、手に入ったのはまな板や鍋など基本的なものぐらいだったが、火は自前のものを用意すれば良かったし、食材についても既に十分なラインナップを手に入れられていたため、大きな問題は無かった。
唯一、コンロもどきの設備を用意するのには少し手間が掛かったが。
鍋は良い。
どんな料理下手でも、材料をだいたいの大きさに切って好みの飲み物と一緒に沸騰させちまえば、雑でも美味い食い物になるんだから。
そんなこんなで、備蓄していたキノコだの魚だのを水やトマトと一緒に鍋に入れて煮て、いわゆるブイヤベースとかミネストローネっぽく(そんな上品に言えた見栄えでも無いが)仕上げてみる。
ベアモンもエレキモンも、料理などに手をつけるタイプでは無いらしかったので、いつもこの工程を興味深く見ていた。
ふと、ベアモンがこんな事を聞いてくる。
「ユウキって、ニンゲンだった頃から料理してたの?」
「いや、自分一人ではそこまで。母さんが作るのを時々手伝ってたぐらいだな」
「カアサン?」
「? ああ、デジモンには父さんとか母さんとかないんだっけ? 家族のことなんだけど」
「うーん、知らないや。その、カゾクっていうのはニンゲンにとって大切なものなの?」
「俺どころか、殆どの人間にとって大事なものだよ。自分の事をずっと育ててくれた人なんだからな」
「……そっか。ニンゲンは自分を育ててくれた相手のことを大切にするんだね」
「? ベアモンはそうじゃないのか?」
何か。
少し、引っかかりを覚えて、ベアモンに今度は俺のほうから疑問を投げ掛けていた。
問いに対して、ベアモンは俺に笑顔を向けながらこう返してくる。
「――ははは、もちろん大切だよ。大切に決まってるじゃないか……」
……思い返せば。
その時の言葉が、心の中でどこか引っかかっていた。
それはどこか、自分自身に言い聞かせているかのような口ぶりで。
今にも溢れ出しそうな何かを、必死に抑えこんでいるように聞こえたから。
でも、この時の俺は何も知らなかったし気付けなかった。
ただ優しくて、ただ勇敢で、ただ強くて、ちょっとだけ間抜けなデジモン。
俺はベアモンの事を、そんな風にしか思っていなかった。
少しも、理解しようとしていなかった。
出来上がった料理を食べて、さぁ今日も仕事だなと二人と一緒に『ギルド』の拠点に向かっていく俺には、自分のこれからのことを考えるだけで精一杯で。
自分が何を言ってしまったのかなんて、ほんの少しも考えられなかった。
ほんの、少しも。