[ペロゥタスの夜の徒花]  20 | るんるんゆき姐の玉手箱

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   (三)

 いったい何分が、いや何時間が経ったのだろうか?

   突然、周囲が、どっという喚声でざわめき立った!

   はっとして我にかえり、わたしはとっさに、身構えるように足元の荷物に指をからめた。時計をみると、いつの間にかもう十二時をまわっている。バスがやってくる時間になっていた! 

   はたして空席はあるか、それにもまして、どうやって空席を確保するのか・・・・忘れていた不安と焦燥が、カッとあたまにあふれかえった。

 周囲のオトコたちは、いっせいにテーブルを離れ、店頭の舗道へと出ていったが、荷物はまだ置いたままである。わたしも荷物をそのままにして、急いで店頭へ駆け出した。しかしバスの姿は見えず、人々も列を作っているわけでもない。乗車の手続きはどのようになるのだろう? 座席を取るための待ち順などはないのだろうか?

 必死にあたりの様子をうかがいながら、わたしは数秒置きにテーブルの下に転がしてきた荷物に目を這わせ、三十秒置きには汗を浮かせてテーブルに駆け戻り、荷物の所在を確かめた。コソ泥に対する疑心暗鬼から、コマ落としのフィルムみたいにセカセカと往復するわたしの姿は、さだめし滑稽だったろう。

 汗をぬぐってひといきつくと、ロベルトがカウンターの椅子に座ったまま、放心したようにわたしを見つめているのに気がついた。見られていたと思うと、なんだか恥ずかしい。しかしいまは、ロベルトのまえで上品ぶってなどいられない。わたしは女ひとり、優にバス一台分はある大男の待ち人たちと、空席を争わければねばならないのだ!    しかし、そうは思っても、岩盤のような男たちの背を眺めただけで絶望的になり、冷や汗がにじんでくる。

「ロベルト・・・・どうしてもわたし、今夜中にバスに乗らなければならないのよ」

 弱々しい声で、言い訳でもするようにロベルトに言った。

   とにかくロベルトとは、ここでお別れだ。そう自分に言い聞かせながら、立ったり座ったり、店頭に駆け出してみたりしながら、わたしはわざとロベルトを無視しつづけた。

 するとまた突然、四囲のざわめきが高くなり、男たちがいっせいに店内に引き返してきた。と思うと、今度はそれぞれに、皮製の巨大なトランクを店頭に引きずり出しはじめた。

   さあ、いよいよだ! いよいよバスの乗車がはじまるのだ! 

 わたしも慌てて荷物を指先にからげると、包装紙がビリビリと音をたて、紐がずり落ちる。旅の途上買い込んだみやげ物の包みが、長旅の間に無惨な状態になっていた。

 破れかけた包装と大格闘の末、ようやく荷物を胸にかかえて店頭に走り出たが、男たちは別段、列をつくって並ぶわけでもない。ただ雑然と立っている。どうも‥‥日本とは様子が違う‥‥いったいバスはどのあたりに停車するのだろう? 立つ場所が悪ければ、座席はとうてい確保できないだろう。

 なにも言われなくても、自然に列をつくる東京の通勤ラッシュを思いだしながら、キョロキョロと暗がりに目を這わせていると、フト誰かがわき腹をつっつくのに気がついた。ロベルトだった。

「おいらが様子を見てきてあげる」

 言うが早いか、店頭から路上へ駆け出していき、やがて息を切らせて戻ってきた。「バスがきた!」

「本当! でもどうしたらいいの!」

 思わずそう叫ぶと、ロベルトが細い片腕を突き出し、落ち着けといわんばかりに小さな手で制した。 

任せて(デーシャ)おけよ!」

 自分ではどうしていいか分からず、相変わらずオロオロしていると、雑然と立っていた男たちが次第に歩を寄せ、恐らくはバスが止まるのであろう地点に肩を詰めてきた。さっきまでの鼻息にもかかわらず、わたしは小さくなって男たちの背にへばりついた。

 やがて暗闇のなかからバスが姿を現すと、男たちの前にピタリと止まった。薄暗い車内から、吐き出されたように一群のひとびとがドヤドヤと降り立ってくる。休憩のために降りてきたのか、それとも下車するのか分からない。

 背をこごめ、男たちのわき腹から必死に様子をうかがっていると、なんと! ロベルトが小さなからだを、バスの入り口にピタリとつけているのが見えた。乗車手続きがどのように運ばれるのか分からないが、ともかくも彼はまっ先にバスに乗りこんで、空席を確保しようというつもりらしい。ンまあ、ロベルト! なんて頼り甲斐があるンだろう! 山のような男たちの間で、ひときわ小さい少年の姿に感動し、すがりつきたい気分だった。

 さあ、ドイタ、ドイタ、足元に気をつけて・・・・バスの入り口では無数の声が飛びかっている。ドヤドヤと降り立つ人の間を縫って、車掌がせわしなく降りたり乗ったりしている。

 いまとなってはただもうロベルトを頼りに、背伸びをしたり腰をかがめたり。必死に様子をうかがっていたが、いつまで経っても、待ち人の誰ひとり乗り込んでいく気配がない。いったいどうしたのだろう?