島での最後の日は快晴だった。「帰りたくなくなんね」と言ってパッキングの途中で大野さんは俺を抱きしめた。
昨夜、大野さんが俺の背中にキスマークを付けたことは薄々わかっていたから、いつ「水着になって」と言われるか冷や冷やしたけれど、結局最後の日は水着になるカットはなく、無事に終わった。
ホテルのフロントに集合し、送迎の準備が整うのを待ちながら、マリさんやルネと別れを惜しんでいると、ピエールがやってきた。彼は律儀に一人一人挨拶をした後、最後に俺と大野さんのところにやってきた。
「ニノ、オオノサン…サビシクナリマス」
「いろいろ…その…あんがとな」
大野さんは少しはにかみながらそう言って笑った。
「ピエールはいつ帰るの?」
「ライシュウデス」
「そっか…フランス着いたら連絡してね。また日本に来ることあったら教えて」
「ハイ…」
俺が言うと、ピエールはしばらく黙った。そしてゆっくりと俺の髪に手を伸ばして触れた。
「マチデ、キレイナクロカミ…ミタラセツナクナリソウデス」
「ピエール…」
ちょっとむっとしたような大野さんの顔が目に入ったけれど、後で機嫌をとることにして、髪を触るピエールの手に触れた。
「ツギニスキニナルノハ…クロカミジャナイヒトニシマス」
ピエールはにこっと微笑んで、俺を一瞬抱きしめて離れた。そして翔ちゃんや相葉さん、潤くんの方を振り返って、笑った。
「ミナサンノシャシンシュウ、カイマスネ」
むすっとしたままの大野さんが、小さな声で「買うな」と呟いて、皆噴き出した。
「何言ってんの大野さん…お世話になったんでしょ?…送りますよ」
翔ちゃんが苦笑いしながらそう言った後、大野さんは俺とピエールにしか聞こえないような声で「ニノのページだけ抜いとこうかな…」と呟いて、俺とピエールはさらに噴き出した。
ホテルの人たちに別れを告げ、空港に到着した。来た時と同じ小さな島の空港には、小さな飛行機が止まっていた。ここから首都のある島まで一時間のフライトだ。バスの座席みたいなシートに座り、ぼんやりと外を眺める。飛行機が動き出した時、隣に座った大野さんがそっと手をつないできた。離陸すると、眼下には窓越しに、青くきらめく海が広がった。
「あ」
島に1つしかないリゾートホテルの水上ヴィラが、桟橋の先に点々としている。俺は陸地側からヴィラを数えた。ちょうど14まで。
「あれだね」
窓の下を指差して振り向くと、通路側に座っていた大野さんは身を乗り出してヴィラを確認して、こくりと頷いた。そして、自分の座席に引っ込もうとした時、俺に、かすめるような一瞬のキスをした。
「っ…バカ…」
慌てて辺りを見回したけれど、誰も気づいた様子はなかった。んふふ、といたずらっぽいドヤ顔の大野さんの瞳に、青が映っている。海の青か、空の青かわからないけれど、それはやはり、好きなたぐいの青だった。
日本に帰ってから数日後、ショッキングなニュースが飛び込んで来た。写真集用にシャルルが撮影した画像データが、空港で盗まれたらしい。シャルルからのお詫びの手紙には、疑いたくはないが、との前置きの後、シャルルのスタッフの仕業であることが示唆されていた。
「せっかくシャルル間に合ったのにね…」
楽屋で相葉さんが、残念そうに呟いて、潤くんも翔ちゃんも頷いた。でも、俺は正直ほっとしていた。
だって、あの撮影の日は…
顔を上げると、大野さんと視線がぶつかった。
この人と、結ばれて、すぐのことだから…
そんな日の自分がまざまざと残されるなんて、気恥ずかしくてたまらない。
3人が撮影のため出て行った後、大野さんはわざわざ立ち上がってソファに座った俺の隣に座った。
「よかった…」
「何が?」
なんとなく、聞かなくてもわかるような気がしたが、大野さんから聞いて欲しそうな雰囲気を感じたから聞いてみた。
「お前の水着カットが世に出ねぇで」
「大野さんとの大胆カットも世に出ませんよ」
「んふふ…残念だな」
あながち嘘でもなさそうに笑いながらそう言うと、大野さんはスマホを取り出した。
「あ、ピエール」
俺も確認すると、ピエールからメッセージが届いていたので読み上げた。
「えーっと、『フランスに無事つきました…寂しくて、ネットで嵐さんのことを調べているうちに、私は新たな私の天使を見つけました…黒髪の人はニノを思い出してつらくなるのでやめました…ふたりはこの人を知っていますか?ジャポネと思いますが』」
画面をスクロールする。そこに現れた画像は…
「結局ニノじゃん!」
「ふははっ」
金髪にしていたときの俺の画像が出て来て、ふたりとものけぞって笑った。
「俺は…マジでピエールの好きなたぐいの顔なんだろうね」
ふふ、と笑いながら言うと、大野さんはぎゅっと俺を抱きしめて言った。
「でも、おいらのだかんね」
「…ん…」
大野さんにじゃれつかれながら、画面をさらにスクロールする。「マタネ」というピエールの挨拶とともに一枚の画像が現れた。
「ね、見て……ぁ…」
大野さんはちらりと画面に視線を走らせたものの、すぐに目を閉じて俺の唇を塞いだ。
これから、この人にキスされるたび、
俺の頭の中で、波の音が聞こえんのかな…
ピエールから送られた、キラキラ光る海をバックにしたヴィラの写真を横目に見ながら俺は、それも悪くない、と思って大野さんを抱き寄せた。
…fin.