Side N
大野さんが俺にキスしたことを覚えていないという事実に俺は打ちのめされた。なんだよ、人にあんなキスしておいて。人の体をあんな風にしておいて。
俺のあんな気持ちに、
気づかせておいて、なんだよ…
潤くんと飲んでいた、だから仕方ないと自分に言い聞かせて納めたものの、レストランに向かうために隣同士で歩いていたら鼻歌を歌い始める大野さんに、俺は呆れたような気持ちになった。
「おはよう、リーダー、ニノ!」
レストランに着くと、先にテーブルについていた相葉さんが手を振ってくれた。翔ちゃんや潤くんはまだのようだった。
「はよ〜」
「はよっす」
2人でブッフェ台に行って食べ物を取ってくると、相葉さんやスタッフ達と同じテーブルについた。マネージャーに聞いたところ、やはりカメラマンのシャルルは今日もまだ到着しないらしい。
「あれ、ニノなんか疲れてる?ご機嫌ナナメ?」
しばらく黙って朝メシを食べていると、相葉さんは俺の顔を覗き込んで聞いた。
…なんで、わかんだろ…
「昨日この人が遅く帰ってきてさ」
大野さんを指して言うと、相葉さんはくふふっと笑った。
「夫婦みたい…痴話喧嘩じゃん」
「痴話喧嘩じゃねぇよ」
「ご、ごめんっ…おいらが遅かったから…」
大野さんが申し訳なさそうに言うから、俺は冗談めかして
「俺は起こされたのに、すやすや寝てさ」
とちょっと不満げに言ってやった。
「寝ながら笑ったりすんのよ」
「ははっ、リーダー器用だねぇ…なんかいい夢でも見てたの?」
「うん…まあ…」
相葉さんが尋ねると、大野さんはパンをちぎる手を止めて、歯切れ悪く呟いた。
「どんな夢?そんな笑うとか」
「や…その…んーニノと…」
大野さんはそこで俺を見た。唇は尖っていて、目はすがめられている。
「キ…」
え…
どくん、と胸が鳴る。
「キ……
…キリンビール一緒に飲む夢!」
大野さんが慌てたように早口で言うと、相葉さんは噴き出した。
「ふはっ…キリンビール…銘柄指定…そりゃそうだよね」
「うん…一緒に飲んで…楽しかった」
大野さんがしみじみと言ってこちらをちらりと見た。
なんだ、びっくりした…
てっきり、俺と…キスする夢かと…
俺がわざとらしくため息をつくと、大野さんは慌てたように「ニノ、ごめん」と謝った。
好き、とか、
やっぱり、俺の勘違い、ってことにしておいた方がいいのかな…
レストランを出るときに、大野さんは何かに気づいたように「あ」と言った。
「ニノ、ちょっと待ってて」
大野さんの向かう先にてきぱきと給仕するマリさんの姿が見える。
…なんだろ…
ざわめき始めた胸を思わず押さえる。大野さんが何か話すとマリさんは一度厨房へ引っ込んだ。そして、手に何か持って出てくると、それを大野さんに渡した。
あ、パンか…
大野さんはにこにこ笑いながら俺に近づいてきてパンを見せた。
「古いパンもらったから…帰って主(ぬし)にエサやろう」
「うん」
大野さんの笑う顔に、ドキドキしながら頷く。桟橋へ歩いて行く大野さんの後ろをゆっくりとついて行く。
どうしよう、こんな…
笑ってるの見ただけでドキドキするとか、重症…
「どした?」
桟橋の入り口まで来たところで、黙ったままの俺を振り返ると大野さんは心配そうに尋ねた。
「え、いや、何もないです」
「ごめんな、なんかおいらはしゃいでて」
え…
大野さんは俺の方へ近づいて、照れくさそうに小さく笑った。
「お前といると、なんか楽しくて…ごめん」
ドキン、と特大の音が胸で鳴る。
鳥よ鳴け、魚よ跳ねろ、と俺は念じた。じゃないと、聞こえちゃうよ…
「大丈夫…俺も…ですから」
やっとの事でそう返すと、大野さんは嬉しそうに笑って踵を返し、また歩き出した。俺たちのヴィラへ向かって。
どうしよう…
やっぱり、
やっぱり、この人のこと、好きなんだ…