Side N
「示愛の儀は完了だ。皆の拍手は…言わずもがなだが、あとは、カズの意思を尊重したい。ゆっくり考えてくれ」
潤王子が言うと、トーマが声をあげた。
「その必要はない」
短い言葉とは裏腹に、優しい声だった。
「ニノ…」
トーマがゆっくりと俺に近づいてくる。俺の前で止まって、微笑んだ。
「だてに長年一緒にいるわけではない。お前の心はもう、決まっている。だから、俺が話したときあんなに泣いた…」
トーマ…
わかってたんだね…
俺が、泣いてしまった意味を…
「最後に、もう一度、一緒に西国へ戻ろう。お前は突然城を飛び出してしまったし…最後にゆっくり…」
トーマの目に涙が滲んで、俺は慌てて彼の顔を抱き寄せた。
「大丈夫、最後じゃない」
背後から潤王子の力強い声が聞こえた。
「たまに里帰りするのもいいと思うよ?」
俺とトーマが潤王子の方へ振り向くと、彼はにやっと笑った。
「これから、西国とは停戦協定を結んで、ゆくゆくはかつてのような国交を取り戻したい」
トーマは俺から身を離すと、潤王子の前に近づいた。
「私も、同じ気持ちだ…どうか、よろしくお願いしたい」
トーマの差し出した手を、潤王子はぎゅっと握った。
「こちらこそ」
広間には再び拍手が満ちた。
大野さんは俺を見て、手錠を目で指すと、
「これ、もういらねぇな?」
と言って、にっこり笑った。
俺はその手に再び指を絡めて、強く強く、握りしめた。