「お住まいになるのは弟さんですか?この度は合格おめでとうごさいます」
大学近くの不動産屋の男性はにこやかに微笑みながら俺とニノを交互に見た。
ニノから、一人で暮らす部屋を一緒に見て回って欲しいと言われたのは昨夜のことだ。
ニノは「弟」という言葉に、少し引っかかったような表情を見せたけれど、おとなしく「ありがとうございます」と答えて、男の勧めてくれる部屋の間取り図に見入った。
「この部屋だと…近いけど狭いんじゃない?」
間取り図といっても、ニノが気に入った部屋は間取りというほどの広さもない。俺が呟くと、ニノは笑みを浮かべながら言った。
「だって俺…ゲームできればいいから、あんまり広くなくてもいい」
「勉強もしろよ?」
「ふふっ」
部屋の詳細資料を見ていた男が、どこかに電話をして、終わった後こちらに向いた。
「こちらのお部屋なんですが、3月末まで現在ご入居の方がいらっしゃいまして…明日の早い時間であればお部屋を見せていただけるそうですが…どうされます?」
ニノは小首を傾げて俺の顔をじっと見ると、にこっと笑って「どうされます?」と言った。
キラキラした瞳が何かを期待してパチリと瞬きする。
あーっ、もう…
「と…まる?俺んとこ」
「泊まる」
間髪いれずニノが言うと、不動産屋の男はまたにこやかに笑った。
「お兄さんのお部屋はこちらにあるんですね」
「そうそう、お兄ちゃんの部屋、近いんで」
「こら、ニノ」
「なんで、怒るのさ」
「怒ってないよ…」
ニノは、カウンターに並んで座る俺の肩に頭をちょこんと乗せた。
「したら、決まりね。泊まり」
上機嫌で言うニノがかわいい。
ニノは携帯を取り出して、母親に電話を始めた。
まだ、外泊に親の了解が必要な年なんだよな…
俺の部屋に泊まると、母親に話しているニノの声を聞きながら思う。
怒ってるどころか…
嬉しいんだけど、でも…
ニノのこと、すごく大事だから、
暴走しないように、
ニノのこと、傷つけたりしないように…
頑張れ、俺、って、
思ってるだけだよ…
俺は、今晩の俺の苦労を想ってため息をついた。