連絡先は絶対に聞かれると思ったのに。

 

 

由紀は朝のスタバで、アイスカフェラテのほとんど溶けてしまった氷をかき混ぜながら考えていた。

昨日は大学時代に入っていた、バドミントンサークルの友人の結婚式だった。そこで、関島と出会ったのだ。

新婦から受付をお願いされた時は、正直嬉しかった。仲が良い方だと思っていたし、何かを任せてくれたことが、なんだか誇らしかった。彼女は本当に要領が良い。就活もせずギリギリまでずっと遊んで暮らしていたのに、一流企業に内定し就職したかと思えば、会社でとても期待されているらしく、20代は海外赴任で経験を積み、同期よりも早く昇進しているらしい。

そして会社の先輩と32歳で結婚。

普段は人のことを羨ましいとは思わないが、今日は別だった。

 

 

彼氏と別れたばかりだからだ。それで、なんだか結婚したい気持ちになっているだけだ。そんな時に現れたから、気になっちゃっただけ。普段ならタイプじゃないし。

 

 

そう思いながらも、ずっと関島のことを考えている。

結婚式の会場は、都内の老舗一流ホテルだった。受付のブースで準備をしていると、急に後ろから大きな声で話しかけられた。

「こんにちは、今日はよろしくお願いします。」

振り返ると、黒い細身のスーツに身を包んだ、背の高い男性がこちらを見ていた。浅黒く日に焼けた肌にツーブロックで前髪をあげた髪型、ピカピカの靴。女性慣れしていそうな雰囲気。

苦手なタイプだ・・・。由紀はとっさにそう思ったが、そんなことは全く顔に出さずに、とびきりの笑顔で答えた。

「よろしくお願いします。新婦友人の田口由紀です。」

 

彼は関島健一というらしい。新郎の同僚で、今日一緒に受付をすることになっていた。なぜだかは由紀にも分からなかったが、由紀は受付をしている間じゅう、関島のことを意識していた。

関島は同僚から慕われているようで、みな関島を見ると緊張がほどけた表情になり、世間話をしていった。会社の上司からも可愛がられているのがはたからみても明らかだった。

気がつくと、由紀は関島に心惹かれていた。いつもそうなのだ。相手のことを良く知らないうちに、こうして好きになってしまう。

 

 

由紀、32歳にもなって、結婚したいけど「条件じゃなくてフィーリング重視」とか言うのマジやめた方がいいよ

 

 

友達から言われた言葉を思い出していた。

結婚はしたい、もちろん条件が良い方がいい。でもやっぱり好きじゃないと結婚できない、と思うのはあまりにも幼稚だろうか。

 

受付は新婦側2人、新郎側2人の4人だった。受付の合間に、4人で色々な話をした。関島の実家は九州の田舎にあり、由紀の祖母の家と近いことがわかった。

おばあちゃんちの近くのデパート、大きな公園、有名な花火大会。共通の話題で盛り上がった。

受付が終わると、4人には不思議な結束がうまれていた。無事に終わった達成感、結婚式の雰囲気でみな高揚していた。

しかし、連絡先を交換しよう、とは誰も言い出さずそれぞれの席へと別れていった。

 

 

 

 

 

披露宴も終盤に差し掛かった頃、一緒に受付をした友人に肘でつつかれた。

「ねえ、由紀、関島さんと良い感じじゃなかった?」

そう思うし、そうであって欲しい。由紀はそう思っていたが口には出さなかった。

「そんなことないと思うけど。関島さんモテそうだし。」

 

二次会では、懐かしいサークルメンバーとの再会に忙しく、関島を探す暇もなかった。気がつくと二次会は終了していた。由紀はサークルメンバーの3次会にも参加して、カラオケまで付き合った。

 

 

 

 

 

 

 

夜遅くに帰ってきたはずだが、翌日は習慣で朝早く目覚めてしまった。

今日も休み。とりあえずパソコンを持ってスタバに行こう。

 

内科医として大学病院で働いている由紀は、学会発表などの資料作りに追われていた。スタバではアイスカフェラテを注文し、いつもの窓際から3番目の席に座る。

 

 

関島はなんで連絡先を聞いてくれなかったんだろう。良い感じだと思ったのに。

20代だったら絶対にそうなっていたのに。

 

 

由紀は26歳から5年間付き合った彼氏と31歳で別れた。1年ほど引きずったが、もう思い出すこともなくなっていた。

30歳を超えて大失恋をしてから気がついたのだが、30代では、20代のときように恋愛が始まらないのである。

由紀は特別モテてきたわけではないが、必要なときに良い人が現れて、なんとなく彼氏がいた。

単純に年齢を重ねてモテなくなった。その事実を認めざるを得ない状況だった。

 

 

そりゃあ20代の子がいいか。このまま誰とも結婚せずに過ごすなら、仕事をもっと頑張るしかないか。それなら留学もしたいなあ。でも子供は欲しい。35歳までに産みたいって思ってたのに。もう間に合わないか・・

 

 

由紀は朝からそんなことを延々と考えてしまう。

仕事は進まず、カフェラテは氷が溶けて透明な水の層を作っていた。

 

スタバの入り口が見えるように座っている由紀は、入ってきた人を見た瞬間、思わず声が漏れた。

 

あ…

 

くすみグリーンのダンボールニットのTシャツに、グレーのテーパードパンツ、白いスニーカー、髪は下ろしていて印象が違うが、

目の前に関島本人があらわれたのだ。

 

 

第2話へ続く

 

 

 

(夫との馴れ初め、フィクション、妄想です!)