テレビの録画設定を間違えていたようで、見たかった番組とは違うものが録れていた。

ちょうどそれが、「勿体無いグセが染み付いちゃってる芸能人SP」という内容だった。

 

ものを捨てられない系の芸能人が、使いきれないマックナゲットのソースの扱いについてとか、調味料ビンに張り付いた残りをどうやって使い切るかみたいなことを語るバラエティ番組。

 

 

ただし、一番最初に出てきたエピソードが「ケンタッキーの骨を噛み砕いて最後まで食べる」というやつだったので、私とのレベルの違いは早々に感じた。

 

 

そんな中でも、この人とはとても感覚が近いと思ったのが、お笑い芸人のおいでやす小田さんである。

 

 

僕はどうしても捨てられない。 [ おいでやす小田 ]

 

 

こんな本を出していることを初めて知った。

 

番組内で彼から強烈なエピソードがどんどん出てくる、わけでもないのだが、その節約行為に走ってしまうまでの心理にとても共感した。

 

ただただ捨てるのが惜しいのであって、タイパトかコスパとかいうことは大して考えてない点も私と同じだ。

 

そして何より、一つ一つのちょっとした話がなんともいえず面白い。

 

 

 

 

金持ちには金持ちなりのマウントがあるように、節約家にも節約家なりのマウントの取り方がある。

 

例えば冒頭の、食べ終えたケンタッキーの骨の話で言えば、「骨を煮込んでスープにしてます」というおいでやす小田さんの主張に、他の人が「私は直接かじって食べてます」と(テレビ的な演出もありつつ)かぶせていた。

 

私の方が、私の方が、というのはどんな世界にもあるわけで、エルメスだろうがケンタッキーだろうが似たような図式は生まれる。

 

 

ただ、番組を見ていて、買い物マウントと節約マウントとでちょっと違うかもしれないと思ったことがある。

 

それは、買い物はやはり「高いもの・珍しいもの」という「物」が勝つのに対して、節約を語ることについては、節約の中身の強烈さよりも、「誰がどのように語るか」の方が強く影響するのではないかということだ。

 

 

 

 

 

これはあくまで私の価値観だが、全く同じエルメスのバッグを買っている人を見たら、両者ともに同じレベルのすごさを感じる。

 

しかし節約に関しては、ある二人が全く同じ節約行為をしていたとしても、そこへ至るまでの心理や語り口なんかで、その行為への評価にまで差が出るような感覚がある。

 

おいでやす小田さんの場合は特に、この辺りが番組内でも際立っていた。

 

皆似たようなことをしているとは思うのだが、彼が語るとなんとなく小気味よいのだ。

びっくりするような節約術でもないはずなのに、聞いていて痛快だったり、鮮やかだったり、気持ちが良かったりする。

だから本だって出せるのだろう。見事だった。

 

 

 

 

 

 

節約話も、他人の収入などお金全般の話もそうだが、私はそれを情報として見たり、自分と比べているのではない。

 

それをする人の考え方や生き方みたいなものを、節約行為や金額から透かし見ているのだ。

 

何をするかより誰がするか、いくらもらうかより誰がもらうか、そういうものが大きな意味を持つ世界だと思う。

 

単純に数字だけでは表せられないし、魅力も伝わりにくいからこそ、節約話というのはとても面白い。

 

 

 

 

 

 

 

 

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