モヤモヤも居心地悪いのも

感じ切れてなかっただけかもしれない

気分が悪いのを体感するのは大変だけど

私の場合トラウマを感じきるのと同じ要領で

十分感じればいつかはなくなるものなんだと思います


生きてる限り

何かが生まれて消化されて

それは体の細胞と同じで

心も順繰り巡って

悪いものが入ってきたら

毒素を分解して綺麗にするまでに

痛みが出るものかもしれない


モヤモヤして落ち込んだりするのは

多分明るいところとの差をつけるため

しあわせの感度あげるため

全部感じるためのプロセスかもしれない

落ち込んでしまうこと自体何も悪くない


どうしても愛すべきところに目を向けにくいのは

なぜだ

自分の中が澄んでないと他人のいいところ見えないのかもしれない

自分の愛を感じないと感じないのかもしれない


こういうことに捕まって考えるのは

自分のいい子でいるためじゃなく

自分と仲良く生きていくために

あるがままで

ありのままで

最高の私だから


欠けているところも愛らしくて

人らしいなと

人間に生まれたこと間違えたと思ってた12歳の私よ

私は生まれてよかったなと思うよ

ずっと大好きなものが音楽で変わらない。

音楽は心の居場所で安心できるところだと思ってたけど、最近なんかちょっと違う感覚になってきた。

もっと探ってみたら、

心の中で置き去りにしてるものとか

誰も気にかけてもらえなかった思いとか

気づかなかったこととか

自分で大事に扱いきれなかったものを

音楽が掬い上げて、声をかけて、撫でて、抱きしめて、本来のピュアな気持ちを大切にしてもらってるんじゃないかと思った。

だから、気持ちいいし、共感してもらえるし、寄り添ってもらえるし、元気もらえるんだと思う。

私の場合、五感の中で、聴覚が1番敏感に感じるので音楽は心を扱ってもらうのに最適なんだと思った。


辛かった人生で音楽がいつもそばにいたこと

音楽がたくさんあるこの時代に生まれたこと

宇宙は完璧にプログラムして

私をここに落としたんだと

なんか直感的に思った。

音楽を好きになることは当然のように生きていたから、いろんな場面で私を守ってくれた存在だった。


そんなことふと思ったので記録してみました。

悲しい嘘をつかないといけないのは
あなたが私の心を土足で入るから
固く扉を閉めても こじ開けてくるから

小さなことで 震える 心を
大きな音で 欠ける 心を
あなたはひとつも知らない
あなたはひとつもわからない
聞く耳さえないのを 見たからさ

私の心 大切に扱えないのなら
近づかないで 味方になどならなくていいから
もっと遠くにいて それだけでいい
もっと遠くでいれば それだけでいい

私が強気でいなくちゃいけないのは
あなたが不躾に全部話すから
固く扉を閉めても こじ開けてくるから

どんな方法で守っても
心の感覚は同じだから
こんなに時が経っても
あなたとは合わないだけだから

私の心 私は扱い方よく知ってるの
この家が私の居場所ではない
偽物の好きじゃない自分が出るから

私は別の世界が心地いいの
そこでは本来の私でいられるから
やっと安心して息をできるところだから

ばいばい もう 卒業したよ
ばいばい もう 学びは終わったの
ばいばい もう 一生分あなたの子どもを演じたよ
ばいばい ありがとう 
違う世界に行きたいと思わせてくれて


このブログ読んでる方がいらっしゃったら、きっと何のことかよくわかるかもしれません。
一年経って、やっと私の答えがでて、詩に昇華できました。
人生の転換期の始まりが、ストレスの心労で疲弊して、そして環境の変化と親との問題で精神面がことごとく落ちて、グラグラが続いて、それでもこの課題を完走した。よくやりました。よくやり切りました。私。おめでとう!
なんでこんな人生選んでるんだろ。すごいわ、私。こんな辛いこと体験するの選んで。もう最後だと思いたい。
ボーナスステージしかない人生に移行するんだ。そのための準備が思ったより長いですよー。
頑張ったよな、私!