知ってたよ

わかってたよ


15歳の時から生まれた感情

もう一度心から繋がれる友達を求めてたこと

もう一度純粋に人を信じること

もう一度愛をもって人と関わること

もう一度身近にいる人を好きになること

人一倍絆を求めて生きていた


しかし、積み重なった思い込みとトラウマから

対人恐怖になった

人に心を開かなくなった

嫌われたくないからと他人軸だった

自己犠牲してでも誰かに優しくしてた


これらは自己内省するうちにだんだん少しずつ緩和されてきた

そして自己愛をやっと取り戻し始めてた

もう人と本気で関わってもいいんじゃないかと

コロナ禍中ぐらいに感じてはいたけど

まだまだ恐怖だったみたい

条件づけて思い込みで人と関わる線引きしてたと知る

自分のこともろくに知らないで人のことをわかることはできないのだ


人生がうまく進んでない感覚があって

ここ一年くらいもやもやして心の行き先が迷子だった

やりたいことは今やれる範囲でやった

やりたくないことはもうほとんどしてない


でも本当に自分の中の一番やりたいことは

見えないように隠されてた

だって一番怖いから

一番失うのが怖いから

一番諦めたくないことだから

たくさん開けた扉はどれも二番煎じだったし、ただのヒーリングに過ぎなかった

好きだと思ってたことは傷を癒す道具でしかなかった

それは、純粋にときめいたり、ワクワクしなくなったことでわかった

単に感情に飽きたり、慣れてしまっただけなのかもしれないが。


何をやってないんだろう

ずっと感情が動きづらいからなんだろうともがいてた

頑張らずに 身を任せてたけど

目を逸らしてしまうものに気づいた

「それは好きという感情」

距離を置いていつも好きになっていた

人でも物でも。一番近くにおきたいくせに。

安全に好きになることでカッコつけてた

新しいときめきから目を逸らしてた


そして、愛と好きを混ぜ合わせた気持ちを昔もっていたこと思い出した。

これまたしたいんだと。

失った恐怖で見ないようにしてたんだと。

人を好きになって恋愛というものを、友情というものを体験したいんだと

きっと今死んだら、これをやってなかったと後悔するだろう

何かを達成して自己肯定感もつことより

何か誰かに貢献して地球がよりよくなることより

個人的な望みを叶えないと後悔するなと

私にしか経験できないことをしたいのはこれなのかもしれない


一番怖い扉だけ残されてた

壁だと思い込んでいた大きなものは開けるべき扉だった


それに気づいただけで

心がカラっと晴れた

去年から続いた自分じゃない感覚がやっと拭われた

私という人間に戻ってきた感覚を覚えた


大丈夫

あの時の私より心の器は広がってるから



初めて1人で韓国に行ってきた。

推し活という名目のもと私の挑戦でもあった。

怖い気持ち感じたり、めんどくさくなったり、目新しさにときめいたり、文化と人々を肌で感じたり、いろいろ体験した。それは想定内というか表面的な体験だった。


もっと深く自分を潜っていくと発見がたくさんあった。

まず、推しへの感覚が新鮮なものになった。日本から感じるものと韓国から見る感じるもの違った。物理的な距離を、文化的な距離を初めて感じたので人としてはじめましてになった。5次元的に感じた愛の深さを3次元に人間的に感じたので、不思議な感覚だった。


買わなかったものにたいして後悔があったけど、

商品が欲しかったんじゃなくて、

それは自分の意思で選びたかっただけなんだと知った。

その気持ちを置き去りにしてた私の気持ちを丁寧に扱えなかったと知る。

自己表現したい人なんだよ私、これも表現の一種。

買ってたらこんな思いにもならなかっただろう。


そして、そして、

外国の方に感情的に怒られて、腹が立って引きずってた。なんでやろ。怒りを声にしても発散できん。自分を表現できなかったから?英語できないと決めつけられたから?自分のために怒らなかったから?ぐるぐるして感情が抜けきらなかった。

どれもなんか違った。

放置案件かな、でもこれ感じないとまたくるしなーと思って、KIKOさんの最新の動画見てて、ふと気づいた。

私、ハブられたことがあって、それが日本人だったから、日本人には根底的に期待しなくなったんだなと。だから、何されても何も思わなくなってた。そして、高校生の時に海外で自分を受け入れてもらえた経験から海外では自分を受け入れられるという書き換えや思い込みあったこと知らせてくれてた。だから、受け入れられなかったことに戸惑った。頭ではそんなことないと理解はしてるけど、トラウマからくる防御的思考があること気づいた。日本人も海外の人も関係ないのに。日本人はこうだからっていうのもちすぎてたんだなと。あと、単純に海外で弾かれたことなかったからびっくりしてたんだなと。周りに優しくされるのに慣れてたということにも気づいた。

私日本でとっても愛されてたんだな。

どんな自分でいてもこの土地で生かされてたんだなと。

なんで傷つくこと恐れてその愛を遠ざけてたんだろう。

受け入れることが怖かったきっと。

人を受け入れることを怖がってたんだな、今もずっと。

好きな人にしか心を開けられなかったのも、自分の心を小さく閉じ込めてただけなんだよな。

大丈夫だよ。もう十分自分でいても、不安になったり取り繕ったり、着飾ったり、背伸びしなくなったでしょう。心を開く準備できたのかもしれないね。

自由でいたのに、不自由だと勝手に決めていたよね。

自分次第だから、

自分の在り方、生き方、今度は丁寧にできると思う。


この気持ちに付随して、実家に帰ってきた理由がまたはっきりした。

子ども時代をやり直してることは知ってた。

甘えること

頼りにすること

して欲しかったこと思い出すこと


そして、感情を感じ直してる

丁寧に全部したかった感じたかった感情感じるため

愛されてたこと

いまだにしてくれないこと

1人で生きられないこと

親が私にいること

自由でいられること

安心で生きてた子どもだったと知ること

私を受け入れる人がいること


今回学んだことは

弱い自分でいる必要なし

自分の位置付けを決める必要なし

自分を強くもつこと

自分を表現すること

自信もつこと

求めることに違和感を覚えた

今ある周囲の愛、優しさに気づいた

自分を自分の人生を作る覚悟がまたできた


周りに影響されるのは

まだ 自分より周りを優先するから

強引さもときには必要


調和を求めてるから

自分優先でいいけど、それだけだと周りを見なくなりそうだから

謙虚さと感謝忘れないように


外ばっかり見てるの知ってたけど、

自分の環境を追い求めるのでなく

自分でいれば世界が広がる気がした

それを体感した

今度は勝手にやってくる愛が

狭い視野でまだ生きてたよ


私がたくさん与えた愛が

いっぱい帰ってくるよ

はい。秋から始まった何とも言えないメンタルの不安定さ?みたいなのまだあります。うふふ。

ちゃんと人生立て直そうと思ってからもう7年くらい?

「ちゃんと」ていう型を外そうとしているのかもしれない。と最近気づいた。

「ちゃんとする」ってないのにさ。自分らしくを切り取って生きていく方が楽で、最短なのに、こだわっていたのは自分の気持ちを満たすことが先だった。その先には「ちゃんと」するなんて全部できないってわかってる。いい加減でもいい。できなかった自分で責めてるだけなのよ。それも。別にそれも人生の味なのにね。

自分の理想の人生は今まで見てきた中から選択した最善でしかないのならそれ以上の景色を見たいと思う。

今年に入ってから、何もかもどうでもよくなってきた。いい意味で。諦めたというより、委ねたという感覚。

好きなこともただの私の心の癒しの一つでしかなかったみたい。心の問題が解決するたびに必要でなくなってきてきている。

それは少しだけ寂しいけど、嬉しい。新しい私というか本来の私が見えてきているからだろうな。

大切だと思っていた「好き」という感情は、私の安心安全の基地で、癒しで、両親の愛情の代わりで、都合よく私を愛してくれる手段だったのかもしれない。

子供の頃に純粋無垢に大好きという見返りも癒しも要らなかったときはこんなに執着しないと思うから、余計そう感じた。

ぽろぽろ一つずつ卵の殻のように剥がれていく、私を守っていたもの。ネガティブの好きなものも人ももうそんなに要らない。

私一人で大丈夫になってきたから。いよいよ。私そのままでいていいと自分に自信がもてている。

 

だからこそ、どうでもよくなった。

こうなったらいいな、とかも、私の心の欠乏を埋めるものだったみたいで、結局本来ほしいものではなかったのかも。

自分の気持ちを満たす視点を沢山もてた今、いつでも幸せだ。でも、それ以上の幸せを望んでいいって許可もしているよ。

個人的な欲求そういえばそんなに強い方ではないし、誰かの笑顔見てる方が生きてて嬉しいから。

私は私を削らずに分け与えている方が幸せなのかもしれない。結局。