せつない恋のはなし -2ページ目

ユメノアトサキ #39


「…加藤くん?」



出会うはずもないこの場所に突然現れた懐かしいその顔に


一瞬目が釘付けになる。


「髪、切ったんだね。一瞬、違う人かと思って声掛ける躊躇ったんだけど


 思い切って声かけてヨカッタ」



加藤くんと一緒に働いていた頃、背中の真ん中辺りまであった私の長い髪は


今、肩に付かないくらいのショートボブになっている。


2年以上も会っていないのに、変わってしまった後ろ姿で気付いてくれたことに


不思議な縁のようなものを感じた。



「ホント久しぶりですね、元気でしたか?」




「うん。加藤くんも元気そうだね。でもどうしてここにいるの?」



「昨日、帰省してきたんです。仕事が忙しくて、なかなか帰れなかったんだけど


 ちょっと急用ができて、無理言って帰ってきたんです」



「そうなんだ。叔父さんの工場、上手くいってるのね」



「まあ今のところは何とか、です」




背が高く、端正な顔立ちは変わらないけど


日に焼けてるせいか、ここで一緒に働いていた頃よりずっと、逞しく見えた。




「今日は母親に買い物の送迎頼まれて


 今送ってきたんですけど、この前の道を通ったら、なんだか懐かしくなって


 ちょっと寄ってみたんです。


 でもまさか、遠藤さんに会えるとは思ってなかった。


 今もここで働かれてるんですか?」



「昨日までね」


「え?」


「昨日で退職したの。新しい仕事が決まってね。今日は挨拶と、荷物を取りに来たの」



「へえ、そうなんですか。じゃあ、すごい偶然で会えたってことですね、オレたち」



「そうよね。ホント、すごい偶然」



時間よかったら、少しだけ話しませんか。


加藤くんに誘われて、まだ時間に余裕があった私は


館内のオープンテラスのカフェに入った。



***


「オレ、結婚することになったんです」


向かい合って座った加藤くんは、運ばれてきたアイスコーヒーを一口飲んだあと


照れくさそうにそう言った。



「そうなの、おめでとう」


「いや、ホントはもっとちゃんと稼げるようになってからって思ってたんですけどね。


 付き合って1年半なんですけど…彼女、妊娠したんです。


 それで慌てて挨拶行って、ウチの親にも報告しに来たってわけです」



頭を掻きながら、幸せそうに微笑む加藤くんの笑顔に


私も嬉しくなって自然に笑顔になる。



「加藤くんパパになるんだ。おめでとう、良かったね」


「ははは、計画性のなさがアレなんですけど、結果、覚悟ができてヨカッタ気がします」


「大丈夫だよ、加藤くんなら。きっといい旦那さんになって、いいお父さんになるよ」


「そうなりたいと思ってます」




かつて私のことを幸せにしてくれると言った人。


私の悲しみも苦しみも全部受け止めて、愛してくれると言ってくれた人。



私はその気持ちを裏切ってしまった。


どうしても消せない恋心を選んでしまった。



私の優柔不断な気持ちのせいで、深く、深く傷つけてしまった人が


幸せになって微笑んでいる。



ずっと心に引っかかっていた重いものがすっと消えていったような気がした。




幸せになってください。



加藤くんと別れたあの日、そんな事を願う資格はないとわかっていながら


願わずにはいられなかった思い。


その願いが叶ったんだと偶然に知ることができて、とても嬉しかった。



時計を見る。


約束の時間まではまだ30分近くあるけれど


かつての恋人同士が一緒にいるところを誰かに見られて


妙な噂を立てられないとも限らない。


小さな町だし、場所が場所だけに、ありえないとは否定しきれない。


加藤くんの奥さんになる人が、嫌な思いをするようなことになったらいけない。



考え過ぎかもしれないけれど、咄嗟にそう思って


自分の前にあるアイスレモンティーを半分一気に飲んで


「ゴメン、私これから人に会う約束してるの。行かなきゃ」


そう言った。



「そうなんですか。すいません、引き止めて」


「ううん。会えて、話ができて本当に嬉しかったよ。


 加藤くんが幸せで嬉しかった」



席を立つ前、伝票に手を伸ばしたとき



「遠藤さんは」


それまでの柔らかな声とは違う、勢いに任せたような強い声が問いかけてきた。


伸ばした手を止めて、伝票を見ていた視線を加藤くんに向ける。



「な、なに?」


「あの、遠藤さんは、結婚は」


聞きづらそうに加藤くんが尋ねる。



「私はまだ一人だよ」



「そ…うなんですか」



「うん。親は心配してるみたいだけどね」


私の返事に、加藤くんはまだ何か言いたそうな顔をしている。



もしかして。


その、何となく聞きづらそうにしている理由を思い浮かべ


それを自分から話そうとするより一瞬早く、やはりそのことを加藤くんが口にした。



「あの、奥山くんは。……奥山くんは、元気ですか」






⇒ユメノアトサキ ♯40




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