小説・桜桃の友 第3話 | 【とちあいか】と【シナノゴールド】

【とちあいか】と【シナノゴールド】

『とちあいか』とは、栃木県で作られた、新しいブランドの苺です。
『シナノゴールド』は、信州りんご三兄弟の一つです。

 ホテルにチェックインした二人は、客室係の女性に案内され、6階の露天風呂付きの客室に、案内された。

 芦田は『星の金貨』、最上は『金星』という部屋だった。

「星の金貨? 面白い(部屋の)名前ですね」

「青森県で作られているリンゴの名前なんですよ。最上様のお部屋は、隣のお部屋になりまして、金星というお部屋になります」

「金星ですか。失礼ですが、金星という品種は、知りませんでした」

 最上は、そう言いながら、隣の部屋の名前を確認している。

 客室係の女性は、『星の金貨』の和風の引き戸を開けながら、

「芦田様には、最上様へのご挨拶が済み次第参りますので、少々お待ち頂けますか?」

「分かりました。まあ、三度目だから、大体は分かっていますけどね」

「まあ、左様でございますか。いつもありがとうございます」

 

 客室係の女性の挨拶が終わると間もなく、最上が芦田の所へやって来た。

「先生、私、こんな高い部屋、初めてですよ」

「ははは、私もですよ。でも、露天風呂付きの部屋にしては、思ったより高くないでしょ?」

 確かに、一般的な客室よりは高い宿泊費ではあるが、露天風呂付きの客室という事を考えると、むしろ安い方だった。

「しかし、先生の仰る通りでした。俗世間から離脱するだけで、こんなに魂が開放されるんですね」

 最上の顔は、これ以上無い程、晴れやかだ。

 その顔を見るだけでも、今回の旅行に誘って良かったと、芦田も思えたのであった。

 湯船の淵から、透明なお湯が、溢れ出す。

「あーっ」

 芦田の口から、ついつい声が漏れ出した。

 今頃は、最上先生も、露天風呂を楽しんでいるだろう。芦田の思った通り、最上も露天風呂に肩まで浸かっていた。

 部屋付きの露天風呂なので、小振りではあるが、足を延ばして入れるので、気持が良い。こんな気持ちの良い思いをするのは、何カ月、いや、何年振りだろうか。温泉の暖かさだけではない。芦田の心遣いのありがたさが、余計に心から、と言うか、魂から温まる思いだったのである。夜になったら、展望露天風呂に、芦田先生を誘ってみようかな。

 世間との関りだけではない、親類や友人とすら関わるのが面倒になっていた最上の魂に、温泉と芦田の思いやりが、じんわりと浸み込んでいた。