本日ご紹介致しますのは、栃木県小山市外城(とじょう)にあります、鎌倉以来下野(しもつけ)守護だった、小山氏の居城、鷲城址です。
かつては、小山義政の乱(1380年~1383年)の舞台にもなりました。
虎口です。
小山義政の乱とは、一言で言いますと、鎌倉公方足利氏満に対して、反乱を起こしたものです。ただし、足利氏満からすると、関東に蔓延る反氏満派に対する、見せしめの意味がありました。
結果、義政は33年の生涯を自刃で締め括り、父の意思を継いだ嫡男若犬丸が、更に抵抗を続けますが、計17年の戦いに破れた小山氏の摘流は、ここに絶えてしまいます。
摘流滅亡後の小山氏は、同族の結城氏から泰朝が入り、小山氏を再興しますが、一時は、小山氏の所領は、結城氏に預けられていました。しかし、旧臣や領民の不満や動揺を抑え切れず、小山氏再興が図られたそうです。
この事を鑑みると、小山義政までの治世が良かった事が、と窺い知れます。
所在地∕栃木県小山市外城272


