試験1週間前は部活も休み。
いつもはうるさいぐらいに賑やかな部室も、今はひっそりと静まっている。
そんな静かな部室に、さっきから「うー。あ~。」という唸り声が響いている。
別に妖しい声でも、動物の鳴き声でもない。
数学の教科書とノートを前に頭を抱えている私の声だ。
「やっぱりわかんない・・・・・。」
「さっき教えたやつの応用なんだけどな。」
「ごめん。もう1回教えて。」
「もちろんかまわないよ。」
嫌な顔せず、それどころか爽やかな笑みを浮かべて数分前と同じ解説をしてくれるサエ。
今度こそしっかり覚えようと、うんうんと頷きながらなにか公式を頭に叩きこんだ。
「わかった?」
「うん。今度こそバッチリ!」
「じゃぁこの問題やってみようか。」
「えー。その前に休憩しようよ。」
「これが終わったらな。」
「う・・・。がんばる。」
いい子いい子とサエの手が私の頭を撫でる。
その優しい仕草にやる気が少しだけ湧いてきた。
今度は唸る事なく問題を解く事ができた。
答え合わせをしてくれたサエが、「よし。正解。」と、また爽やかな笑みを浮かべる。
そして「ご褒美。」と、バッグの中からチョコレートとパックジュースを取り出し机の上に置いた。
「やった!さすがサエ!気が効く!!」
「はは。もっと褒めていいよ。」
「カッコイイし、優しいし、頼りになるし最高!!」
いつものように冗談混じりでそんなことを言いながらチョコを口へと運ぶ。
口いっぱいに広がる甘さに、疲れが癒されていく。
「やっぱ疲れた時は甘いものだよね」なんて頬を緩めていると、いつもよりワントーン低めのサエの声が、私の名前を呼んだ。
「綾女はさ、どうしていつも俺に頼るんだい?」
「どうしてって?」
「俺よりバネさんの方が頼りになるし、勉強ならいっちゃんの方が教え方は上手い。なのにどうして俺なんだい?」
そんな事言われても・・・・深く考えた事なんてない。
サエはいつも私の頼みを嫌な顔せず聞いてくれるし、多少の無理でもなんとかして叶えてくれる。
でも・・・・言われてもみれば、それはバネさんでもいっちゃんでも、他のテニス部員だってみんな優しいし、私が頼めば嫌な顔せず聞いてくれるだろう。
なのになんでサエだったんだろう?
悩む私をサエがじっと見つめている。
そんなに見つめられるとなんだか落ち着かなくて、視線をキョロキョロと彷徨わせながらパックジュースを啜った。
「ごめん。ちょっと気になっただけなんだ。困らせちゃったみたいだな。」
「う、ううん。」
「でも・・・困らせついでにもう1つ聞いていいかな?」
「え?なに・・・?」
今度はなにを聞かれるんだろう?
ちょっとだけ身構えたんだけど、サエの口から出た言葉に私は「へ?」と間の抜けた声を上げてしまった。
「だから俺の名前読んでみて。」
「サ、サエ?」
「うん。いつも綾女は俺を『サエ』って呼ぶよな。」
「ダメ・・・なの?」
「ダメってわけじゃないけど・・・・・。どうして『サエ』なのかと思って。」
今日のサエはどうしちゃったんだろう?
どうして俺を頼るのかとか、どうして『サエ』って呼ぶのかとか・・・・。
そんなことどれも無意識で、深く考えた事なんかなくて、こんな風に聞かれても答えられない。
「だって・・・・・みんな『サエ』って呼ぶし・・・・・。」
「じゃぁみんなが『虎次郎』って呼んだら、綾女もそう呼ぶんだ?」
「それはわかんないけど・・・・。」
そう言えばサエが名前で呼ばれてるのって聞いたことないかも。
雰囲気的に『虎次郎』って感じじゃないし、『サエ』の方がピッタリのようにも思うし、特に疑問に思った事もないけど、サエは名前で呼んで欲しかったのかな?
「でもあだ名じゃなくて名前で呼び合うのって、なんとなく特別な気がする。」
「うん。俺もそう思うよ。」
「だよね?」
「でもそうなると、綾女を名前で呼んでる俺は、綾女の特別ってことになるけど?」
「えぇ!?違うよ!それはそうじゃなくてっ!!」
サエが私を名前で呼び出したのっていつからだっけ?
最初は苗字で呼ばれていたのに、いつの間にか『綾女』になった。
初めて名前で呼ばれた時はちょっとドキッとしたような気がする。
だって男子に名前で呼ばれることって初めてだったから。
でもサエに呼ばれるのは嫌じゃなくて、むしろすごく自然のように思えて・・・・。
それってサエが特別だから・・・・?
考え込んでしまった私に、サエがクスッと笑みを溢す。
からかわれているのかと一瞬ムッとしたけど、優しさと意地悪さを含んだ微笑みにドキッとして、怒るタイミングを逃してしまった。
ヤだな・・・・。
サエが変なことばかり言うから、妙に意識してしまう。
胸がドキドキして、真っ直ぐ顔が見れないよ。
そんな私の心情を知ってか知らずか、私の顔を覗きこむようにサエが顔を近づけてきた。
「さらにもうひとつ質問。」
「ま、まだあるの?」
「綾女の事を『綾女』って呼ぶのが、どうして俺だけなのか知ってる?」
「そんなの知らないけど・・・・理由とかあるの?」
「俺が呼ばせないようにしてるからだよ。」
「え?」
「綾女の事を名前で呼ぶ男は、俺だけじゃないと嫌だから。」
耳から滑りこんできた言葉は、脳で理解するより早く心臓を大きく揺らした。
鼓動が早くなって、顔が熱くなって、頭の中はぐちゃぐちゃで大混乱を起こしている。
私の事を名前で呼ぶ男は自分だけじゃないと嫌なんて・・・・・それって独占欲?
そしてその独占欲って・・・・・恋愛感情からの延長線上のことだったりする!?
「もしかして・・・・・さっきどうして俺に頼るのかって聞いてきたのは、サエが特別だからって言って欲しかったわけ?」
「そうだよ。」
「・・・・・そう即答で肯定されると照れるんだけど。」
もうコレって告白されたも同然なんじゃ・・・?
驚きも大きいけど、それ以上に恥ずかしさと嬉しさの方が大きいのは、私も心のどこかでサエを特別だと思っていたからなのかも・・・?
「で?俺の特別になる気はないのかい?」
「それって名前で呼んでくれないのかい?って事?」
「そう。」
嬉しそうにニコニコと期待いっぱいの笑顔を向けられて、プレッシャーに頬が引き攣る。
今さら名前で呼ぶなんて・・・・・。しかも名前で呼ぶってことは、私も好きだと認めるも同然ってことで・・・。
恥ずかしすぎる!!
「・・・・・・・・・こ。」
「こ?」
「・・・・・・・・告白してくれたら言う。」
サエの笑顔が一気に不満気な顔に変わる。
その拗ねたような顔が可愛くて、緊張とときめきでいっぱいいっぱいだった私の心が、ちょっとだけ余裕を取り戻した。
「先にサエがちゃんと私の事好きって言ってくれたら名前で呼んでもいい。」
「先に綾女が名前で呼んでくれたら好きって言うよ。」
「なんでよ!サエが先でしょ?」
「綾女が呼んでくれるまでは告白もお預けだな。」
「じゃあ私も名前呼びはお預けだから!」
なんて強がってはいるけど、本当は早く『好き』って聞きたい。
きっとサエも、早く『虎次郎』って言って欲しいはず。
チラチラとお互いを覗き見ては、「言う気になった?」「そっちこそ!」なんて言い合う私達。
どちらが先に折れるのか、二人の我慢比べはもう少し続きそうだ―――――
Special relations
(綾女から好きってまだ聞いてない)
(な、名前で呼んだじゃん!)
(でも好きとは聞いてない)
(ま、また今度ね!!)
*******************************************
遅くなったけど、綾女ちゃん卒業おめでとう!!
卒業式に間に合うようにと思ってたのに無理でした。ごめんね。
サエ夢って・・・・今まで書いたことあったっけな?
1回あったかな・・・?
口調がわからん。ww
嫉妬深くて独占欲が強い男は私は苦手だけど、あそこまで爽やかだと許してしまいそうになる。
綾女ちゃんリクありがとう!!
お仕事頑張ってねー!!