「利花ちゃん。久々に亜久津が出てきて嬉しいのはわかるけど、マネージャーの仕事もよろしくね?」
テニスコートの中を走り回る亜久津君の姿を目で追っていると、千石君にチクリと嫌味を言われてしまった。
「ごめんね。」なんて言いながらも、やっぱり視線は亜久津君の方へ向いてしまうどうしようもない私。
でも、テニスコートに立つ亜久津君の姿は誰よりもかカッコよくて、視線を逸らす事が出来ない。
そんな私に千石君は苦笑いで、「利花ちゃん、救急箱とって来て?」とお願いしてきた。
本当に救急箱が必要だったのだろうけど、半分は嫌がらせだと思う。
だけど私はマネージャーなわけで、確かにいつまでも亜久津を見つめているわけにもいかない。
救急箱を取りに行くついでに少し頭を冷やそう。
もう1度「ごめんね」と、今度はちゃんと千石君の顔を見て謝って、そのまま部室へと向かった。
「う・・・・届きそうで・・・・・届かない・・・・・」
いつもの場所に置いてあった救急箱が、なぜかロッカーの上に乗っている。
踏み台を使って精一杯背伸びしているのに届かない。
指先に救急箱の側面が当たるけど掴む事は出来そうにない。
これは誰かに頼んだ方がいいのかも・・・?
そう思った時、顔の横からにょきりと腕が伸びてきて、視線の先の救急箱を取り上げた。
え?っと首だけで振り返れば、目の前に亜久津の顔があってギョッとする。
「なに見てやがる?」
「いや、びっくりして・・・・・・。」
慌てて顔を元に戻してロッカーの方を向くけど、意識は後の亜久津君に集中して、
体は固まったように動かないし、胸の鼓動はどんどんスピードを上げる。
「ほらよ。」
「あ、ありがと。」
上から下ろされた救急箱が胸の前で止まる。
掌を上に向けて出した両手にポンと乗せられ、その重みで少し手の位置が下がった。
だけど重いとかそんな事を感じる余裕もなく、この状況は一体なんだと頭はパニック状態になる。
「さっきテーピング使った時に、そこに置いたんだ。」
「あ、そうなんだ・・・・。」
いまだに激しく脈打つ鼓動をなんとか沈めようとするけれどうまくいかず、視線がキョロキョロと彷徨う。
い、息が出来ない・・・・・。
呼吸ってどうするんだっけ?
「おい。聞いてんのか?」
「聞いてます!聞いてます!!」
ロッカーに手をついて私の顔を覗きこんできた亜久津君に、心の中で悲鳴をあげた。
グッと距離が近づき、背中に亜久津君の胸が当たっている。
近い。近すぎる!!
飛び退くようにその場を離れ亜久津君から距離を取る。
怪訝そうなその視線に曖昧な笑みを返した。
「なにやってんだ?テメェ?」
「あは・・・あははは。」
他人から近寄られるのは嫌がるくせに、自分からは平気で間を詰めてくるから、心の準備をする暇もない。
[あ。それよりテーピングって、何処か怪我したの?」
「俺じゃねぇ。太一に巻いてやっただけだ。」
口は悪いし、目つきも悪し、態度も行いもすこぶる悪いけど、本当はすごく面倒身がよくて優しい人。
壇君にテーピングをしてあげている姿を想像して顔が綻ぶ。
そうだ。
彼は誰よりも気が効く優しい人だった・・・・・。
「もしかして・・・・・救急箱、私が取れないんじゃないかと思って来てくれたの?」
「そんなんじゃねぇ!自惚れてんじゃねぇぞ!」
怒鳴り声が部室に響く。
昔の私だったら身を縮ませて震えていただろう。
だけど今は、これは亜久津の照れ隠しって知ってるから・・・・・。
「なに気持ち悪い顔してやがる?」
「気持ち悪いって・・・・ひどいなぁ。」
拗ねたように口を尖らせながらも、きっと顔は破顔している事だろう。
ダメだ。
ニヤニヤが止まらない。
「チッ。千石が待ってんじゃねぇのかよ?」
「やっぱり千石君との会話を聞いて来てくれたんだ。」
「違うっつってんだろ!!」
「ふふ。ありがとうね。嬉しい。」
「勝手に言ってろ!!」
部室を出て行こうとする亜久津君の後を慌てて追う。
そっと隣に並ぶとギロリと睨まれたけど、「あっちに行け」とは言わない。
それが嬉しくて、嬉しくて・・・・・・救急箱を胸にぎゅっと抱きながら、私はまた笑った。
優しい君へ
(明日も部活来るよね?)
(さぁな)
(亜久津君が来てくれなきゃ、救急箱取れないよ?)
(取れる場所に置いときゃいいだろ!)
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licca さんリク亜久津SSでした。
初亜久津。
ちゃんと亜久津になってますでしょうか?(ドキドキ)
お名前呼ばせる事ができなくてすみませんでした。
なぜかキヨが呼んでますね(苦笑)