~ ぬれせんべいの君 ~
休日の昼下がり。
お昼のお弁当ラッシュも終え、今は静かな店内で、
有線を聞きながらボケーっと突っ立ている。
暇だ。漫画でも読んじゃおうかな?
でも見つかったらお父さんに怒られるしな・・・・・。
もともと酒屋だったうちの店だが、安いディスカウントショップなんかの影響で
酒屋だけでは経営が苦しくなり、去年から24時間営業のコンビニへと移り変わった。
部活もしてない私はこうやって休日の昼間なんかに手伝いで店番なんかをやらされている。
酒屋だった時から店番はされられていたけど、コンビニと酒屋じゃ忙しさも全然違うし、
仕事内容だってまったく違うわけで、面倒な事この上ない。
それでも、ビビたるものだがお小遣いも貰えるし、賞味期限の過ぎた食品なんかは
食べ放題だし、それなりのメリットはある。
それに最近では楽しみも出来た。
「いらっしゃいませ~。あ・・・・」
「・・・・・・。」
チラリとこちらに視線をやって、すぐに店の奥へと向かう。
いつもの彼の行動パターンだ。
きっとその後よくわかんないホラー雑誌を片手に、
誰も周りにいないのを確認してからレジまで来るはず・・・・・・。
ほら・・・来た。
少し長めの前髪で目を隠しながらレジ台に雑誌を滑らせ
いつものように何食わぬ顔でレジ横の小さなパッケージに入った
ぬれせんべいを手に取る。
1つ・・・・2つ・・・・。
「900円になります。」
差し出された1000円を受け取り100円を返す。
もちろんレシートも一緒に。
男の人、特に若い男の人はレシートを受け取らない人が多いから
それなら最初から渡さなきゃいいや。って事で、
人を見て渡したり渡さなかったりしていた私。
彼の時も「絶対要らないって」って言いそう。なんて勝手に思って渡さなかったら
「レシート。」と、不機嫌な声が返ってきた。
真面目で細かそうだとは思っていたがレシートまで取っておくタイプだとは思わなかったんだけどな・・・。
綺麗な長い指で袋の追っ手を掴み、そ知らぬ顔で今日も去っていく・・・・。
そう、私の楽しみとはこれの事だ。
数ヶ月前の事。
その日は大雨でお客さんも少なく暇を持て余すように店内で立っていた。
そんな時やってきた一人のお客さん。それが彼だった。
彼の向かった先はお菓子の棚。
鋭い視線を端から端へと流しながら、なにやら探している様子・・・・。
彼がお菓子を食べてるイメージなんて思い浮ばないんだけどな・・・・。
あの顔でポッキーとか食べてたら笑ってしまうかもしれない。
いったい何を探しているのだろう?
しばらく眺めていたが、目的のものが見つからないようで、
今度はパンなどが並べられている棚へと移動しだした。
いったい何を探しているんだろう?
普段、人との関わりをあまり持たず、教室でも一人本を読んでいたりする彼。
誰かと談笑して笑っている姿なんて見た事がない。
私も同じクラスの癖に彼と話した事は皆無といってもいい。
テニス部に所属していて、テニスは好きなようだが、
その他の事なんかはまったく知らない。ミステリアスな彼。
そんな彼が一生懸命探している物。
興味が惹かれないはずがない。
もしかしたら家族に頼まれたものかもしれないけど、なんとなくそれはないような気がする。
あの顔は絶対自分が食べたいものだ!!
その後彼は店内をぐるぐるまわりながら目的のものを探していたが
結局見つからなかったようで、本の棚から1冊の雑誌を抜き取り
それを手にレジまでやってきた。
「いらっしゃいませ。」
「お、お前・・・・・。」
「こ、こんにちは・・・・・。」
「こんなところで何をしている?」
「ここうちの店でさ。」
「フン。そうか・・・・。」
少し驚いたように目を見開いた彼に、この人も驚く事あるんだ・・・・なんて思ってしまったが
すぐにいつもの冷たそうな目に戻ってしまった。
「680円になります。」
「・・・・。」
「あの・・・・・さ。」
「なんだ?」
「何探してたの?」
「なっ!」
気になって仕方がなく、思い切って聞いてみれば
なぜか怒ったような顔で睨まれてしまった。
やっぱり聞いちゃいけなかったのだろうか・・・?
「いや、一生懸命探してるみたいだったから・・・・。」
「お前には関係ない。」
「まぁ・・・そうなんだけど・・・・何か教えてくれればもしかしたらあるかもしれないし・・・・。」
「・・・・・――べい。」
「え?」
「ぬれせんべいを探してたんだ!!」
ぬ・・・・ぬれせんべい!?
彼らしいといえば彼らしいかもしれないけど、まさかぬれせんべいとくるとは・・・。
あんなに一生懸命探すほど食べたかったものがぬれせんべい!?
「あはは。日吉君ぬれせんべいが好きなの?」
「お、俺が好きとは言ってないだろ!?」
「プッ。隠さなくったっていいじゃん!!」
「笑うな!!」
私を睨みつけて声を荒げる彼だがまったく怖くない。
だって・・・・顔が真っ赤なんだもん!!
「それで、あるのかないのかどっちなんだ!?」
「あ~笑った。ぬれせんべいはそこにあるよ。ほら・・・。」
レジの横に大福などと一緒に並べられたソレを指差すと、
引っ手繰るように並べられていた3袋全てを手に取り、私へと突き出してきた。
「全部買うの?」
「早くしろ!」
「ふふ。はいはい。」
いつもその冷たい表情を崩す事なく、他人と壁を作っていた彼が
こんな顔もするのかと思うとなんとなくかわいいと思ってしまう。
「1005円になります。」
「・・・・・・。」
「5円のお返しです。」
「・・・・レシート。」
「え?」
「レシートをなぜ渡さない?」
「いるの?」
「当たり前だろ?」
ひぇ~。マジですか?
お小遣い帳とかつけちゃってんのかな?
「ごめんね。はい。」
「フン。」
またいつもの不機嫌そうな顔に戻った彼は、そのまま店を出て行ってしまった。
意外な彼の一面を知ってしまった・・・・。
好きな食べ物はぬれせんべい。
能面のような表情の下には意外と可愛らしい素顔があること。
そして好きな雑誌はホラー雑誌・・・・。
いつも真面目な顔で読んでいる本も、もしかしてその類なのかな・・・?
きっとまだまだ私の知らない彼がいるのだろう。
そう思うと、彼の事をもっと知りたいと思うようになってしまった。
そんな私の思いを知ってか知らずか、あの日から不定期ではあるが
ふらりと店にやって来て、ホラー雑誌とぬれせんべいを買っていくようになった。
普通に店員とお客としての必要な会話以外は言葉を交わす事はないけれど
行動パターンや、ぬれせんべいを手に取る時の顔はほんの少し恥ずかしそうな事、
袋を手渡した時は満足そうな・・・・嬉しそうな顔をする事。
他の人から見たらあまりわからない微妙は表情の変化をわかるまでになってきた。
学校でも私たちの関係に変化があったわけでもなく、
相変わらず一人で過ごす彼を、遠目で眺める私。
もっと近づきたいような・・・・このままがいいような・・・。
微妙な距離と、曖昧な感情・・・。
そんな不思議な関係を続けて、きたのだけれど、
昨日私は重大事実を知ってしまった!!
時たま我がクラスにやってくる同じテニス部の鳳君が
「日吉、明日の誕生日なにが欲しいか決まった?」
と、言っているのを聞いてしまったのだ。
明日?誕生日~!?
そんなの聞いてないよ~!!
自分から誕生日を言いふらすような人じゃないし、
私も聞かなかったんだから知らなくても当たり前なんだけど、
って言うか、私達は友達というわけでもないよくわかんない関係で、
知ったからって何がどうなるわけでもないんだけど・・・・・。
でも、知ってしまったからには何かしたいと思うのが人間の心理ってヤツでしょ!?
ってなわけで、誕生日当日の今日。
私はちょっと大きめの袋を手に、学校までやって来た。
「友達でもないお前がなぜだ?」とか言われたら、何て返事したらいいかわかんないし、
それ以前に受け取ってくれるかわからないけど、それでも何も行動せずにはいられない。
だけどなかなか渡すタイミングもつかめぬまま、放課後になってしまった。
テニス部はもう引退してしまったけど、跡部先輩をはじめみんな人気が高くよくモテる。
誕生日なんかはいつもすごい事になっている。
日吉君も例外ではないようだけど、あの無愛想さが乙女達を近寄らせないようだ。
遠巻きにプレゼントを持ちながら日吉君を見つめる他の女子達の前で
堂々と渡せる勇気なんて私にはない。
今日は渡せないかもしれない・・・。
今度店に来たときにでも渡せばいいかな?
なんて弱気な事を考えながら靴箱に向かっていると、
とっくに部活に向かったはずの日吉君が廊下を歩いているのが目に入った。
なんでいるのかわかんないけど、これってチャンスなんじゃない!?
私は袋を抱え、日吉君に向かって駆け寄った。
「日吉君。」
学校で私から話しかけた事なんて初めてで、突然の呼びかけに彼の方も驚いたようだ。
「何か用か?」
「あ・・・・あのさ、今日・・・・誕生日なんだよね?」
「・・・・・・・それがどうした?」
「えっと・・・・よ、よかたらコレ受け取って欲しいな・・・・・。」
いつもはあまり合わさる事のない目をしっかりと見て、赤いリボンの袋を差し出すと、
案の定「何でお前が?」とでも言いたそうな怪訝な顔で袋を見ている。
「なんだこれは?」
「なんだって・・・・誕生日プレゼント?」
「お前から貰う義理はないだろう?」
「まぁ・・・そうなんだけど・・・・」
やっぱり早まった事をしてしまっただろうか・・・・?
だけど祝いたいという気持ちは嘘じゃないし・・・。
「あの・・・いつもご利用ありがとうございます。」
「は?」
「ってな感じでもいいから受け取ってくれると嬉しいんだけど・・・。」
もっと他に言いようがないのかと自分のボキャブラリーの少なさに嫌気がさしてくる
日吉君も「なんだコイツは?」みたいな顔してるよ・・・・・。
差し出していた手が段々と下がってきて、合わさっていた視線も下がってきてしまった時
スッと手の中の袋が抜き取られた。
「何が入ってる?」
「え?日吉君の好きなもの・・・・・だと思う。」
「まさか・・・・・」
ガサガサと目の前で袋を開けだした日吉君が中を覗き込んで呆れた顔になってしまった。
「あれ?好き・・・・・なんだよね?」
「だからと言ってこんなにもどうするんだ?」
「多すぎた?」
「常識的に考えればわかるだろう。」
「あはは・・・・そう・・・?」
1袋100円のぬれせんべい。税込み105円だけど・・・・。
それをお小遣いはたいて30袋詰め込んできた。
ちょっと多すぎかな?とも思ったけれど、1日1袋食べたら1ヶ月でなくなっちゃうよ?
「責任持ってお前も処分するのに付き合え。」
「え?」
「こんなにも一人で食いきれないだろう?」
「部活の子にでもあげれば?」
「お前に貰ったものを他の奴等になんてやれるか・・・・。」
ん・・・・・?
ちょっと待って・・・・・・。
今のはどう解釈すればいい・・・・?
「あの・・・・それって・・・・・?」
「俺はぬれせんべいには煩いんだ。コンビニのぬれせんべいで満足できる舌じゃない。」
「でも・・・・だって・・・・・」
「あの日は無性に食いたくなって、近くのコンビニで仕方なく買っただけだ。」
「けどそれからだって・・・・・・」
「まだ気付かないのか?どこまでもバカな女だな。」
なっ!バカな女~!?
ろくに口も利いた事もないのに、バカな女は酷くない!?
「お前に会いに行ってたに決まってるだろ・・・・気づけよ馬鹿。」
「・・・・・マジですか?」
知らなかった~!!ってか普通気付かないよ!!
あんなに無愛想で全然話しかけてきてくれた事もなかったじゃん!!
「あ・・・・あの・・・・・。」
「なんだよ。」
「それって・・・・・・告白?」
「そう聞こえたなら・・・・そうなんじゃないのか?」
なんじゃそれ。
ちゃんと言ってくれないのかな?言って欲しいな・・・・。
だけど、日吉君の顔は初めて濡れせんべいを買っていった時よりも真っ赤で、
言葉はなくても、その気持ちが伝わってくる。
「お前こそ聞かせろよ。なぜ俺にプレゼント渡しにきた?本気で店に来た礼じゃないんだろ?」
「わかってるくせに。」
「さあな。」
自分は言ってくれないくせにズルイな・・・・。女の私に言わせるなんて。
だけど今日は誕生日だし、私の気持ちも一緒に届けたい。
ずっと誤魔化してきてた自分の気持ち。
近づく事の出来ない関係に臆病になって、心まで遠ざけていたけれど、
本当は・・・・・あの日から私の心は、日吉君に奪われていたのかもしれない。
「日吉君が好きです。付き合ってくれますか?」
「付き合ってやってもいい。」
本当にどこまでひねくれてるんだか・・・・・。
だけどそんなところも・・・・・好き・・・・なんだろうな。
「いつかはちゃんと言ってね。」
「さあな。それよりお前もまだ俺に言ってない言葉があるだろう?」
好きだとちゃんと伝えたのに、まだ言ってない言葉・・・・・?
「お前は何のために俺にコレを渡しに来たんだ?」
「あっ!!そっか・・・・あはは・・・。」
また馬鹿にしたような、呆れたような顔をする日吉君。
何さ、そんな顔しなくたっていいじゃない。
そんな顔するなら言ってやんないぞ!
「じゃあ・・・・私の事好きって言って。」
「気が向いたらな。」
「むぅ~!なら、ぬれせんべいとどっちが好き?」
「コンビニのぬれせんべいよりは・・・・好きだ。」
「素直じゃないな・・・・・。」
「フン。」
でも今はそれでいいや。焦る事ないよね?
いつかちゃんといってくれるの待ってるよ。
そして、どんなぬれせんべいと比べても、私の方が好きだって言わせてみせるんだから。
「お誕生日おめでとう。日吉君。」
Happy birthday wakashi 12.5
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1日遅れになっちゃったけど、お誕生日おめでとう若!!
無駄に長い割に内容はたいして甘くもない・・・。ww
どちらかと言えばギャグよりですね。
タイトルからしてギャグだよね。(笑)
でもお祝いの気持ちはたっぷり込めて書いたからね!
若,、本当におめでとう!!