この前書いた
人生最大の悲劇のお話の続き
です
是非こちらからお読みください
今回は
ICUに入った時のお話します
といっても
私の記憶はほとんどなく
緊急事態で呼ばれた家族や
当時の仕事関係者数人から
後で聞いたお話
緊急入院した時
私は40度以上の高熱で
解熱剤の点滴&両脇に凍ったペットボトル
を挟んでいたんですけど(ここはうっすら覚えてる)
そのあと(どのくらいの時間が経ったのか不明)
私の様子がおかしくなり
ICUへ運ばれたそうです
数日後
集まった家族 関係者が
医者に告げられた事
この病院ではこれ以上出来る事がない
70パーセント危ない状態
インフルエンザじゃなく脳膜炎だったかも
言ってもここも都立の大きな病院
医者も白髪でキャリアを積んだように
お見受けしていました
思えば
初診で駆け込んだものの検査2ヶ月待ち・・・
検査を待たず緊急入院
今回のインフルエンザじゃなかった件
あれよあれよと言う間に
命が危ないと言われ
いつも後手後手で
対応が遅すぎる上に
誤診ミスで意識を失いICU
これまでの状況が
絶対おかしいと不信感をもった家族は
毅然と立ち向かってくれました
何もできず
ただICUに入れて
どうするつもりですか
インフルエンザじゃなかったんですか?
今更何を見ているんですか(医学書のようなものを見ながら話してた医者)?
知識なんてないけど
母はこう泣き叫んだと聞きました
家族、関係者の皆さまの
絶対諦めない力のお陰で
私は大学病院へ転院
ちゃんとした検査をすることになります。
この時
ここの病院の医者は
運ばれる救急車の前で
「ごめん生きてくれ」と手を合わせ
お祈りしていたそうです ···
この時に力になってくれた
親と関係者には
命の底から感謝しかなく・・・
私が生きているのは
この出来事があったから
この経験で
当然思うことは沢山ありました
またの機会にブログにしていきますね
余談ですが
ICUで意識がない時
口をパクパクし始めたらしく
なにか言っているのかと皆が耳を傾けたら
メロンが食べたぁーい🍈
イチゴが食べたぁ〜〜い🍓
と
食べ物の事ばかり
言っていたそう
意識ないのに恐るべし
食べ物への執念よ
今だから笑って話せているんです
究極の食いしん坊だと
おかげさまで
イチゴとメロンは
私にとって
かけがえのない命の源
決して大げさではない神の果物
なのであります
感慨深く美味しく
今も頂いております
さて
この闘病した頃の話は
もう20年以上前なので
備忘録として筆欲の湧いた時に
記していこうかなと思います
ブログを通して私自身も再認識し
読者様にとっても何かを感じて
その気持ちが皆様の明日に
活かしていただけたなら
幸いでございます
ご興味のある方は
人生最大の悲劇
と言うタイトルで綴っていきますね