ライフオーガナイザーの山平です

 

片づけのサポートを仕事にしています

お客さまのところで、物を仕分けして

「これ、どうされますか?」

と、偉そうにきいています(苦笑)

 

でも、そんな私も手放せないものがあります

その一つが、人形の「みどりちゃん」でした

両親が、小学校入学祝いにプレゼントしてくれたもので

ええと、かれこれ半世紀(汗)。

 

ある日、手が外れてしまい、

そろそろ、みどりちゃんを何とかしなくては

と思っていたら、

近所の葬儀場の人形供養のチラシが目に留まりました

 

 

今週末に持っていこう、と思いましたが

みどりちゃんの顔を見るたび

「申し訳ないな」という罪悪感を感じました

この罪悪感ってなんだろう、と

ずっと思いを巡らせました

 

 

  思いをはせる機会

 

皆さんも手放せない思い出の品ありますよね

特に大事な人からのプレゼントだと、

余計に色々な思いがあります

 

両親の若かった頃の姿や

自分の入学式の思い出

みどりちゃんを見ていると

いろいろな事を思い出しました

 

思い出の品を片づける際は

ぜひ、思い出にどっぷり浸ってください

だって忙しい毎日の中

思い出に浸る機会なんてないでしょ?

 

自分の中に思いを色々巡らせてみてください

 

 

  楽しいだけではない

 

私の家は共働きで、姉がいてくれたけど

いつも、どこかで寂しさを感じていました

でも、その寂しさを表現する術を知らなくて

我慢していた幼少期でした

 

みどりちゃんは、私の寂しさと我慢の

象徴でもあったのだと思います

つまり、みどりちゃんは小さい頃の私自身なのですね

だから、手放す前に罪悪感を感じたのかな

 

 

人間の記憶は、とても曖昧で

良いことしか覚えていないかもしれません

よ〜く思い出してみてください

楽しいことばかりでしたか?

嫌なこと、悲しいことも沢山ありましたよね

 

そんな思いを味わうことも

片づけの素晴らしいところなのです

 

 

  感情がセットに

 

思い出の品には、嬉しかった思い出

悲しかった思い出、ワクワクした思い出

そう、感情がセットになっていませんか?

 

出来事というよりも

あそこで、みんなで大笑いして

楽しかったよね、とか

告白したのに、フラれて

すっごいショックだった、とか

私は、その時の感情の方が鮮明だったりします

 

 

私がみどりちゃんを手放せなかったのも

寂しさや我慢して辛かった、という感情が

くっついていたからなのだと思います

 

感情は、無理にはがさなくても良いし

思い出の品は、手元に置いていても

私はよいと考えています

 

ただ、私たちはいつか、ここからいなくなりますから

物にも人にもいつか別れが来ます

私は、もう寂しくありませんし

我慢する人生も送っていません

みどりちゃんとお別れする準備は出来ました

 

あなたも、準備ができたら

手放してみましょう

 

最後まで読んでくださって

ありがとうございます